工学院 科学の目が輝く授業(3)

工学院の教育バージョンアップへの意志は、工学院大学学園125周年記念で根岸博士が講演したとき決定的だった。博士は、工学院の中高生に「誰にでも、夢を追い続ける素質と資格がある」とエールを贈った。ノーベル賞受賞の確率は1000万分の1だが、10の7乗分の1だと置き換えれば、「10分の1の選抜を7段階通過すればよい」のだから、現実味のある夢だろうと。

「誰にでも」可能性が開かれているという発想こそ、科学学校としての工学院の根源的存在理由である。さらに、根岸博士は、夢を見つけたら、とことん追求すべきで、そうしていくとやがて舞台は世界につながると語った。

つまり、「競争の場を世界に求めて、学ぶための師も世界単位で探し、自立心と協調性を常に持ちながら、チャレンジしてください」と。この時から平方校長にバトンはひきつがれ、先生方と一丸となって、工学院附属中高のビジョンの確認とその実現のためのバージョンアップの取り組みが始まった。理科教室から科学教室へのバージョンアップもその流れであるのは言うまでもない。

リベラルアーツのないテクノロジーは愚かであり、テクノロジーのないリベラルアーツは空虚である

平方校長は、グローバル教育、イノベーション教育、リベラルアーツ三拍子そろった教育バージョンアップをぶち上げたが、校長の言葉は、ともすればワンフレーズ・ポリティクスで終わる場合が多い。しかし、そのようなテクニカルな経営と教育で満足していると、教育市場から支持されなくなるのは、世の常である。

そこで、ビジョンの内実を学内で対話することで、ビジョンへの想いをシェアするところから始まった。

今回の科学教室の1つひとつのアクティビティのシラバスが充実していたように、シラバスイノベーションが前提としてあり、そこにテクノロジーの道具立てがあって初めて、自然と社会と精神のトータルな循環を科学的に設計できる。この思考デザインこそ2025年以降子どもたちに求められるソフトパワーである。それが平方先生の信念である。

このシラバスイノベーションというボリュームが豊かになれば、そこから各ポイントに流れが始まる。それは葉脈をみればわかるだろう。幹というボリュームエリアから、葉というポイントに流れていく。デルタ地帯もそうだ、川というボリュームエリアから、デルタ地帯で樹状に流れていくデザイン。木々の枝ぶりは樹系図のデザインになる。クラウドから情報が各ユーザに流れる痕跡もまた樹形図さながらになる。

そこでシラバスイノベーションからバージョンアップは始まった。このボリュームからポイント、ポイントからボリュームの相互の流れとデザインが、生物、無生物にかかわらず共通しているという発想は、進化論や熱力学をバージョンアップさせる新しい物理学のコンストラクタル法則(エイドリアン・ベジャン)であり、≪私学の系譜≫と同期する発想である。

専門の教科というポイントとそれらを総合する思考力というボリュームをシラバスに埋め込む作業が、科学の最前線の発想から始まったのである。これが科学教室の背景にある深層/真相である。

科学教室を取材しているときに、島田教頭とお会いした。前日まで、IB(国際バカロレア)の教員研修で、工学院からも10人近くの先生方が参加され、資格を取得したそうだ。島田教頭も自ら参加し、資格をゲットしたと。そして、「IBの10の学習者像は、まさに今日の科学教室に象徴されていますが、工学院の教育バージョンアップにも重なります。9月には、また学内全体でIB教員の理念からテクノロジーまで共有していきます」と語られた。

Inquirers 探究する人
Knowledgeable 知識のある人
Thinkers 考える人
Communicators コミュニケーションができる人
Principled 信念のある人
Open-minded 心を開く人
Caring 思いやりのある人
Risk-takers 挑戦する人
Balanced バランスのとれた人
Reflective 振り返りができる人

さすがは、IBである。リベラルアーツとテクノロジーの最適化ができる学習者像を構築している。

IBさながらの学習の拠点

教育バージョンアップのボリュームは、学内の教職員間だけでつくっていくのでは、十分ではない。島田教頭は、「このIBの10の学習者像は、教師も生徒も共有しなければなりません。今日の科学教室を見て頂ければ一目瞭然ですが、教師、在校生、参加者すべてが学習者であることはおわかりいただけると思います。」と。

なるほど、それでかと合点がいった。というのも、7月13日に工学院大学附属中学校の第1回説明会が催されたとき、生徒会長も案内などの手伝いをしていたが、その合間で、校長と語り合っているシーンがあった。

生徒会長が理想とする工学院の教師と生徒のコミュニケーションの関係と校長が考えるIB(説明会の時にはIBの教員研修に参加することがすでに公開された。平方校長は日本でIB教育に詳しい人材ベスト5にはいっているのだ)の学習者像と同期することについて対話していたという。

科学教室の中に図書館のアクティビティもあった。科学技術のアクティビティはないが、シオリ制作や風船で表現するパフォーマンスがあった。このアクティビティでは、コミュニケーション、知への好奇心、コラボレーションを通しての振り返り、考えるコト、読書へ誘うケアリング(シオリづくりはその一環)、そして何より探究への入り口である没頭状況などの体験ができる。2日間で、500名以上が訪れた。

工学院の図書館は、専任の司書教諭有山先生が、IBさながらの学びの拠点にしている。IBの学習理論で大切にしている「最近接発達領域」は、有山先生の思想でもある。先生にとって図書館は≪憧れの最近接発達領域≫なのである。

学びや探究の始まりは、カチッと音をたてる痒いところに手が届く最近接発達領域に気づくことからということである。来月9月7日、有山先生は、そのことが思考力テストに結実することをプレゼンするという。

どうやら、「夢を見つけたら、とことん追求すべきで、そうしていくとやがて舞台は世界につながる」という根岸博士の想いは現実になりつつあるようだ。

 

 

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