工学院 科学の目が輝く授業(2)

工学院主催の10000人「科学教室」の意義は、そのスケールメリットという点からして、他の理科実験教室を圧倒する大きな意味がある。というのも20世紀における日本の理科教育は専門家とその卵のための教育という固定観念があった。それゆえ、巷で行われている理科実験教室というのは、専門家やその卵向けという傾向が強い。

ところが21世紀になって、日本の科学教育にも「科学コミュニケーション」なる考え方が導入されるようになった。これはすでに欧米では20世紀から行われてきたことであるが、近代化は議会制度や民主主義の原理によってばかりではなく、科学革命によって広まり加速した。それゆえ、科学の主体は専門家ばかりではなく、市民全体に理解されるものでなければならなかった。科学コミュニケーションというパフォーマンスは、科学の最前線を小学生や市民に理解可能なデモンストレーションをするという意味があったのである。

工学院の科学教室は20年前から行われているから、すでにこの科学コミュニケーションの意味をいち早くコミットメントしていたことになる。工手学校として出発した近代市民のための科学学校の面目躍如であろう。

 

文化と自然と科学のリンク 学びの生態系

「工学院打ち水大作戦」というアクティビティが行われていた。打ち水は夏の風物詩。涼をとる先人たちの知恵であり文化である。それがヒートアイランドの問題解決のヒントになって久しい。このアクティビティのパートナーたちには、そんな文化とエコという自然を、打ち水における気化熱の原理にリンクする科学の目が輝いていた。

まずは身近な打ち水体験。そして、その効果を実感し、検証し、なぜそうなったのか考える。ここにも科学の目が輝く道具立てがそろっていた。それにしても身近な自然現象の中にあるエネルギー変化を探究する姿勢が、将来地球規模の自然を考えるコトにつながるとは、なんて壮大な科学教室なのだろう。エネルギーを外部装置やマシーンで生み出すことなく、直接自然現象の中から取り出すところから原理を実感できるのが、この教室の大きな特徴だ。

最近生物多様性という言葉はよく聞くが、「海のミニ水族館」では実際に多様な海の生物を見ることができた。このアクティビティも、生徒が先生と湘南の海で実際に獲ってくるという直接自然から取り出す体験から始まっている。

雲をつくるアクティビティも、物質のエネルギー変態を自然現象から直接取り出して行っていた。アドバイザーの生徒は雲をつくるモデルを通して気象の変化を説明できると力説。科学の目が輝く瞬間が、モデルをつくり、自然を説明する体験のときにも生じていた。

懸命に自転車をこぐ。この何気ない行為が、実は海水を真水に変える運動エネルギーを生み出しているのだということにつながる。また、海水が真水になる仕掛けは、なめくじと塩の関係という体験値がヒントになっている。すべて自然現象の中から取り出した原理を組み合わせてる発想は、科学のものの見方考え方そのものである。

モデルをつくる 目に見えないものを見えるようにする

自然現象の中から原理を取り出すというのは、言うは易く行うは難しであるが、科学の場合は、それをモデルに仕立てることによって可能になる。またモデルづくりは、科学の醍醐味である仮説を立てるトレーニングでもある。

分子の構造モデルを組み立てるアクティビティは、構造の違いが匂いなどの物質の特性とかかわっていることを認知する重要な科学思考であることが身に染みてわかるプログラム。

他にもモデルづくりのアクティビティはたくさんあるが、たとえば、割箸で球体をつくるプログラム。これは建築で言えば、バックミンスターフラーのパビリオン建築(ジオデシック・ドーム)を想起する。またサッカーボールにヒントを得て黒鉛の炭素の分子構造を人工的に球体にした新物質フラーレンの構造も想起する。フラーレンは、バックミンスターフラーの建築にちなんで名づけられた。このナノテクノロジーはノーベル賞に輝いている。

この科学の最前線が、割箸で球体をつくる科学コミュニケーションによって理解できるのだ。

自然現象に直接触れる。モデルをつくる。この一連のプロセスを統合したアクティビティは、たとえばロボットづくりや立体の展開図を自分でつくったあとで、CADで3Dサイコロをつくるといったアクティビティ。

科学の最前線を専門家ばかりが理解しているのではなく、小学生でも理解できるように、自然体験やシンプルな構造モデルをつくるワークショップを行う科学コミュニケーション。これはMITメディアラボで行っているlearning by makingという新しい構成主義的学習とも重なる。今回の新学習指導要領には、なんとかそれを実現したいという文科省の想いもあるが、工学院のようにキャンパスそのものがメイカーズスペースでなければ、なかなか実現できないだろう。

サイエンス革命は工学院から始まるかもしれない。

Twitter icon
Facebook icon