共立女子 進化する「特別教養講座」(3)

高3生と教師の対話

高3生のIさんは、6年間すべて特別教養講座に参加した。この講座を行っている先生の通常の授業も受けて、学びの方法は多角的であること、興味を持つことがいかに重要であるかということを身に染みてわかったと先生方に改めて敬意を表した。

そして、特別教養講座を担当していない先生の授業を受けながら、もしこの先生が教養講座を担当したらおもしろくなるなという端子が授業の中にたくさんあることに気づくことも多いという。

「だから、ついこの間、進路で悩んでいたときに、今振り返れば、特別教養講座で探求していった方法を使って自己決定していったと思います。どうしても行きたい大学や学科があるのですが、その大学の他の学科はどうなのかと。学科によって難しさがちがうので、大学にとりあえず合格できればよいのか、自分の研究したい学科を優先するのか。そこで、その大学の他の学科も調べてみたら、学科は違っても自分の研究したいことができる場があることを知りました。そこまで調べてみて、やはり初心にかえってはじめに考えていた大学学科を受験する意志が固まったのですが、縛られないで考えることができるようになったなと思いました。」

それに対し、池末先生は、

「たしかに特別教養講座をやってきて、ずっと参加してきてくれたIさんのように考えられる生徒がいてよかったと思います。ただ、Iさんを別に否定しているわけではないんだけれど、もともと教養講座で、どんな生徒を育てるという目標があったわけではなく、生徒とともに外で学んでいて互いに楽しいと感じるものであるかどうかだけできたのです。筋書きがあるわけではないし、何にも縛られないで考えていけるというところでやってきたから、大学進路の選択決定のときに多面的に考えられるというところからもっと先でそうなって欲しいなあという気持ちがあります。」

生徒と教師の対話が、ただ楽しいだけではなく、程よい緊張感もあるのに驚いたが、

すぐにIさんは、
「大丈夫です。いつもこんな感じで話し合うんです。私もそう思います。私が将来やりたいことは、特別教養講座で学んで発見したというより、小さい時から種や芽があったと思います。ただ、通常の授業、特に高校では受験という意識が強いですよね。幅広くて深い探究心をどこまでも必要とするわけではないと思います。ですから、その幅広い探究心は、今の私に強い影響を与えています。池末先生のおっしゃるとおり、大学を出たもっと先で、出会った人々や遭遇する事で起こるいろいろな問題をどうやって解決して社会を善くしていくかということを探究していきたいと思っています。」

Twitter icon
Facebook icon