工学院 世界単位で夢を追い続ける素質を開花(1)

2012年、工学院は125周年を迎えた。その記念事業の一環として、ノーベル化学賞を受賞した根岸英一博士の講演が行われた。博士は「競争の場を世界に求めて、学ぶための師も世界単位で探し、自立心と協調性を常に持ちながら、チャレンジしてください」と教師と生徒にエールを贈った。

この時以来、「挑戦、創造、貢献」という工学院の教育スローガンは、グローバルステージへシフトした。教師と生徒はこの世界単位へ夢を広げ協働授業を実現していく。by 本間勇人:私立学校研究家

世界単位は「ここ」から始まる!

中学教頭橋本先生の社会の授業は、「ここから近代世界は始まった」という問いかけから始まった。

いったいこれは何か?エネルギー溢れる疾風怒濤の思春期時代。あの中学2年生が、電子黒板にくぎ付けになった。

橋本先生は、写真を拡大したりして、映し出された二つの道具の名称を問うのではなく、つまり知識から入るのではなく、「比較」の問いを発したり、「目的―手段」を予想させたり、「問答」を繰り広げていく。

生徒たちは、何やら糸があることには気づく。そのとき橋本先生は、糸とはどうやってできるのか、糸は何をするために作るのか、目の前の道具をジグソーパズルのワンピースに変換して、問答を展開していく。

最終的にジョン・ケイが発明した「飛び杼」であることに行きついた時、今度はこれからなぜ「近代世界が始まったのか?」最初の問いに立ち戻る。発明は進歩をもたらすが、それは「不均衡」ももたらすものであるという「矛盾」に気づいた生徒は、一気呵成に世界単位に思いを馳せる。

橋本先生のパソコンはアーカイブのデータベースの宝庫。次々と繰り出される映像に、生徒は歴史を一気に駆け巡る。しかし、そこでまた問いが投げられる。「何が共通しているのか?」

風力や水力が蒸気機関によって、つまり熱エネルギーを回転運動エネルギーに転換するイノベーションによって、生産量や移動距離が爆発する。大量生産、大量移動の近代世界の幕開けだ。しかし、その進歩は、原材料、労働力の不足という不均衡を生み出す。近代世界の痛みも同時に生まれる。

その痛みは、今も続き、自分たちの身の回りにある。しかし、世界単位の幸せなイベントも同時に身の回りにある。たとえば、サッカーのワールドカップ。

なにゆえにワールドカップは世界単位になったのか。それは「飛び杼」から火がついていたのである。近代世界から現代までの進歩と痛みの壮大なパノラマを1時間の授業で展開する橋本先生。

それができたのは、電子黒板による大量のアーカイブを映し出せたからであるが、結局のところ橋本先生のストーリーテラーとしての構想力が大前提である。それと、もうひとつ。世界単位の夢を見て実現するには、生徒の協力は欠かせない。

たとえば、織機の原理を実感するために、生徒どうし指で縦糸と横糸を織ってみる体験を挿入する。随所にペアで話し合う機会を設ける。教師が語り、やって見せるだけではなく、生徒もプレゼンしたり、やってみたりする。世界単位を実現する授業とは、講義形式から脱却し、生徒同志が対話(ピアインストラクション)したり協力(プロジェクト型)したりするPIL×PBLの仕掛けがある授業。

このパラダイムシフトに先生方も生徒も「挑戦・創造・貢献」しようと一丸になっている。なるほど「ここ」から生徒の世界が始まるのだ。

 

 

 

 

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