工学院 科学の目が輝く授業(1)

テクノロジーとマーケティング、コラボレーションの総合力が、2025年以降の世界の新しい仕事を創り出すと言われている。この2つの力を表現するときに世界共通言語として英語を学ばざるを得ない。イノベーション教育とグローバル教育、そしてその根底にリベラルアーツ。

これが正しいグローバル人材育成の世界共通のビジョンである。しかし、現状の教育で、テクノロジーという意味でのイノベーション教育を中等教育段階で十分に行うことは難しい。米国でも、2015年までにオバマ政権は教育政策の一環として3Dコピー機まで備えたメイカーズスペースを1000校につくる構想を進めているぐらいだ。きちんとプランを立てなければ実行できないビジョンなのである。

ところが、工学院は、明治開校以来、テクノロジーの才能を専門に育成する教育機関であり、その伝統は今も脈々と続いている。自前でそのプランを実行できる稀有な教育機関である。

テクノロジーはスキルの側面のみならず科学的なものの見方や考え方も共にするものであるが、そのリベラルアーツ的側面を切り取って、近代は暴走してきた経緯も記憶に新しい。

そこで、昨年125周年を迎えた工学院は、自然と社会と精神の循環をベースにしたテクノロジー教育を展開することを改めて確認し、10000人規模の参加者が集まる「理科教室」を「科学教室」という名称に変えて、そのビジョンを子どもたちと共有するイベントを開催した。(by 本間勇人:私立学校研究家)

シラバスの充実

8月24日・25日2日間にわたった科学教室は91ものアクティビティが行われた。その膨大な量は、おのずと広大なスペースが必要になる。工学院大学と同付属中学校高等学校のすべてのキャンパスが開放されているから、スペース確保については問題がない。

問題になるのは、どこで何が行われているか、参加者がプログラムを選択してどの場所に行けばよいのか、そのナビゲーションである。しかし、これも問題ない。100ページものガイドブックが用意周到に配布されていたからである。

ところで、科学教室のリーダーは、大学・中高の教師陣。たんなるガイドブックではなく、それはシラバスそのものである。目的、プロセス、躓かないように最近接発達領域への配慮、そして成果物などなどがプログラムごと1ページに収まっている。そして、そのシラバスに沿って行われる各プログラムには教師と学生・生徒のチュータがアドバイザーについて、まるでチームティーチング&ワークショップスタイルの授業そのものなのである。

つまり、対話型、ディスカッション型、ワークショップ型を結合したプロジェクトベース型学習であり、10000人の参加者と21世紀型授業が展開されていたのである。

科学の目が輝く仕掛け

シラバスさながらのガイドブックを読んでいるだけでも楽しいし、これは子どもたちの自由研究のレシピにもなるなと思いながらも、やはり科学教室に実際に参加していろいろな模型を制作したりや自然を体感する仕掛けをつくったりするほうが100倍も楽しい。

21世紀型教育の大きな特徴はプレイフル。楽しいから好奇心が生まれる、オープンマインドになれる、問いが生まれる。そして、この3つの要素が、科学者が大切にしている精神なのは言うまでもない。

もちろん、この楽しさはフロー状態と呼ばれる没頭状態にならなければ生まれてこない。子どもたちが外部環境や道具などの媒介項なくして、瞑想して没頭するというのは、考えにくい。だから、科学教室のアクティビティは、すべてこの道具立てがそろっている。

川添英二先生(工学院大学附属中学校・高等学校理科主任)の科学教室「電池のいらないゲルマニウムラジオを作ろう」も、上記写真のようにさまざまな道具や部品を活用する。この子どもたちの没頭している姿を見たら、今の子どもたちは集中力がないなどと言っていた大人は自らの浅薄な考えを恥るだろう。

このプログラムは、電池という外部エネルギーを接続しなくても、電波が電気を発するという自然現象を音声に変換する仕掛けをまずは作るというところからはじめるものである。川添先生は、理論的なことは高校で学ぶのですがと説明してくれるや、没頭していた子どもたちはハッと驚き、そんなすごいことを自分たちは楽しんでやっているのだという表情を見せた。

川添先生はその表情を見て、このような好奇心が何より大切なのですと。子どもたちは、一生懸命つくって音がでることに驚きますが、その音が小さいことにさらに驚きます。この自然現象を人間の感覚に合わせていくのに、エネルギーがさらにかかるのですよと。

このプログラムには、テクノロジーのすごさと自然を超えてしまう恐ろしさも同時にあることに気づくしかけがあることに、感動した。もちろん、子どもたちはまずは好奇心、その没頭した構えが、微妙な音に耳を傾けるオープンマインドを開き、最後には「なぜ家庭のプレイヤーは音が大きく出るのだろう?」と問いかける。科学の目の輝きのプロトタイプがはっきり見えたような気がした。

そして、ものを制作しているときの教師と子どもたちの関係。それはものづくりのマイスターと弟子の関係に近い。科学のパートナーシップは、アパランティスシップが基礎であることに改めて気づいた。これは20世紀型の一方通行的講義形式の授業が失ってしまった科学の絆である。

工学院の絆は、この貴重な絆が今も現代化されて生きている。科学立国にしたいのなら、政財官学は、オバマ政権の政策や工学院のようなメイカーズプログラムを学校に導入すべきなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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