聖学院 最高の授業(3)

日野田先生の高2の社会の授業。はじめは、PIL(生徒同士の対話を活用しながら講義をしていく)手法。たとえば、国民総生産に関連する知識の整理をしつつ、成長の概念など、ものの見方考え方の基準に関するものについては、PIL手法で展開していきます。
 
基礎知識は教えるが、ものの見方考え方の基準については対話という機会を設定。また、講義や対話のトリガーは、図、グラフ、写真・・・など多様なドキュメントやデータを活用。講義、問応法、PILのコンビネーションは巧みで、これだけで50分授業が成立しても構わないぐらいです。
 
 
しかしながら、日野田先生は、知識・理解の思考レベルで授業を終わらせません。だから、国民総生産、インフレ、デフレ、国の借金、通貨価値などの関係を、国レベルだけでなく、生活レベルに置き換えて考えていきます。この置き換えは、大人にとってはすぐに了解できますが、生徒にとっては、大転換視点となります。
 
この転換ストーリーがあって、グループワークに移行しますから、移行時の内面的な段差に、知的マインドセットがきちんと行われているということが生徒自身にもわかります。PBL型授業の醍醐味は、丁寧なマインドセトに実はあるのです。とかくグループワークは、おしゃべりになりがちだと他校の先生方から懸念されますが、Growth Mindsetがなされているからこそ、多角的に分析して、創造的解決の足がかりを探す議論が深まっていくのです。

 
そして、このようなグループワークで「家を買うべきか借りるべきか」という問いに対し、自分の立場が決まった段階で、あの有名なディベートがスタートします。見学した時、生徒たちは、インフレやデフレの見通し、政府の金利政策、土地問題、過疎化、管理組合問題、人口動態、災害リスクなど多様な経済的視点を闘わせていました。
 
そして、資産価値としての経済合理性と人間存在の価値論との相克や未来予測の視点は、結局生活レベルの話から、再び社会構造を見抜く俯瞰視点に結晶していくことになります。最終的には、自分の主張を論述としてまとめるところまでいきます。生徒の思考力の飛翔は、教師の思考の環境や土台作りがあれば、どんどん進化していくのだと実感しました。
 
この50分の授業の中で行われるディべーㇳは、いわゆるディベートではなく、多様な視点や多角的根拠を明快にし、しかもシェアするという思考の拡充が目的です。このようなエンリッチメント思考のスキルが搭載されることによって、生徒は、人生を生き抜くコンピテンシーを豊かにしていきます。このような生徒の成長に関しては、多くの卒業生を見送っている日野田先生にとっては授業の当然の帰結です。教育効果のエビデンスは、最終的には卒業生の人間力にあらわれるといっても過言ではありません。
 
 
井上先生の中2の英語の授業は、実におもしろい。はじめからグループに分かれ、リーディングも英会話もライティングも、グループで助け合ったり、ロールプレイをするのです。
 
オールイングリッシュで行っているから、4技能の英語がフルにいかされる授業になっています。しかも、ある英文スキットを読んだら、そのテキストのシチュエーションとは違う場を想定して、英文をつくり、スピーチする応用もしていきます。一般に、中2の段階だと、与えられた英文ででてくる英単語を覚え、訳読型のリーディングをするのでせいいっぱいという授業が多い中、時間を切ってグループで進んでいきますから、知識・理解で躓くことがありません。
 
その分、応用として自分たちで文章を考え、スピーチができます。聖学院から最寄りの駅に行くまでの長い道のりを、道を尋ねる外国の方に英語で教えるロールプレイは、英語で冗談も言いながら爆笑するシーンもありました。柔らかい思考と対話です。
 
テキストを別のシチュエーションに置き換えるという「応用」作業は、思考も交えながら学ぶことになります。したがって、英語のスキルにみならず、思考力・表現力が養われていきます。
 
 
また、テキストを読む行為を逆転させるゲームは、大いに盛り上がりました。写真を見せて、それを説明する英文を推理するゲーム。ラテラルシンキングという手法です。しかも、生徒の表現を使って、正しい表現に目の前で変えていく。生徒にとって、どのように考えていけばよいのか、自分なりの思考の軌跡に沿って進めることができるのです。多様な表現が可能で、試行錯誤ができる安心安全の信頼関係が井上先生と生徒との間にしっかりとあるのが伝わってきました。
 
それに、考えてばかりいると、身体がこわばってしまう。そこで、DJ英語。リズムにのって英文のシャドーイングを行う。あるいは、マインドマップを使って英文の整理をしたり。集中と拡散の学びの物語が展開していくのです。
 
そんな様子を見ているうちに、英語の授業なのか、思考力をトレーニングする授業なのか、いつの間にかその境界線は溶解していました。自由な発想を鍛える英語の授業。21世紀型教育を推進する聖学院の面目躍如といった授業でした。
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