●感性が知性に変わるとき
本橋先生:「アイスブレーク」で、かなり興味と関心が湧いてきたとろこで、いよいよ「発見体験」のステージに移行しますが、今回はキャラクターはいったん置いて、4枚のモナリザの絵を提示しました。なぜ4枚かというと、縦と横の比が違うモナリザを用意したからです。
そして、アイスブレークの時のように、4枚から好みのモナリザを選びます。モナリザはみな知っていますが、どれが正しい比のものかは意外とわからなかったですね。
もちろん、正しいものを選ぶのではなく、あくまで生徒の好みで選びます。
有山先生:知っているか知らないか、理解しているか理解していないかではなく、好きか嫌いかという感性からはいるのが21世紀型の学びの特徴ですね。
菅原先生:興味と関心は、やはり“have fun”がカギです。自分が好きであるというところから入れる学びというのは、これから重要ですね。しかも、楽しいということとサプライズということは少なからず関係があります。本橋先生のプログラムは、そこをかなりしつこく畳みかけています。
おそらく、一部の生徒ではなく、参加している生徒すべてが、何かしらおもしろい、楽しいと思う状態になるのを、相当丁寧にケアしている感じがします。授業は結局、楽しい、おもしろい、興味、関心、そしてそのような状況をケアしてくれる先生への信頼というのを度外視して成立しない。
実はサプライズも信頼があってはじめて感動に結びつきます。信頼がない場合のサプライズはオドカシに終わる場合もしばしばです。
伊藤先生:たしかに興味と関心が生まれるのに、相当時間を使っていますね。一般の授業なら、今日の単元ではこれを学びますとなるけれど、この段階でまだ何を学ぶのか提示されていないわけですよね。生徒の中には最初は気になっていた子どももいたと思うのですが、いつの間にか場の中での遊びという学びを楽しむことに集中していたのでしょう。
この集中する姿勢が、またサプライズを生み出す精神の準備をつくるわけですね。
有山先生:生徒の方も実はたんなる遊びではなく、学びであることはわかっていて、でも何を学ぶかを教えられるよりも、学びそのものを経験することが目標なんだということがわかってくる。もちろん、最終的には目標は提示されるだろう。
しかし、このいまここでの体験を楽しむことによって、そこに到達するのだと気づいてくるわけです。プレイフルラーニングという学習理論がありますが、まさにわたしたちの思考力セミナーのコンセプトにぴったりですね。
大島先生:すっかりサプライズのプログラムの中身に感心していて、たしかに忘れていた。今回の思考力セミナーのテーマは何なのだろう。まさかいろいろな素材を学んでいって、実は「考えること」そのものがテーマですなんて言うのではないだろうね。
伊藤先生:それはしかし、大島先生の哲学授業と同じなのではないですか。先生もダブルクエスチョンですよね。具体的なテーマについて考えると同時に、「考える」とは何かも同時に問いかけていて、授業の最後にはいつのまにか「考えること」について考えるということになっているという具合なのですよね。
本橋先生:先生方のお見通しの通りなのですが、そんなに急がないでください(笑)。まだまだ生徒は問を立ち上げる前のステージなのですから。
さて、たしかに「楽しい」ことは大事です。しかし、「ああ、楽しい」で終わるのも学びではありません。好きという感性のない知識は、なかなか自分のものにならないですが、知識と化さない感性は、いっときのもので掘り下げていく知性として展開していくこともありませんね。
個別具体的なものが、実は一般化可能なものであると気づく瞬間を作らなければなりません。理解から適用にジャンプする。そのとき具体的なものの集積やつながりのルールの体系が見える。大局観というのは、まだまだこの段階では大げさですが、思考のテクニックとして体験しておくことが後々ポイントになります。
サプライズは、伏線があると、「ああ、なるほど」となるものです。
では、主観的な好みのセンスを、一般化へシフトする実感はどうやって体感するのか。そこで、今回はクリッカーを活用しました。自分の選択が、クリッカーで投票すると、意外にも一般的な選択だったり、特殊な選択だったりというのが、一瞬にして集計されます。
今回集計の結果、ほんの少しぽっちゃりしたモナリザが、本来のモナリザを上回りました。理由はわかりませんが、今回のテーマにマッチするような結果になり、授業はやり易くなりました。今回のテーマは、実は黄金比と白銀比の話でした。モナリザの顔は黄金比です。それよりも白銀比のモナリザが多く選ばれたわけです。
選択の好みも統計的に処理することによって、客観的な何かが顕れます。
菅原先生:つまり美の感性は主観なのか客観なのかと問えるわけですね。
本橋先生:その通りです。実際思考力セミナーをいっしょに行った同僚の国語の教師は、このデータをもとに、生徒に、今、菅原先生のおっしゃった問いかけをして議論しました。本当に、おもしろいですね。しかし、思考力セミナーでは、そのような問いの立ち上げは、最後の100字要約で、生徒自身が立ち上げるわけですから、その場では問いかけませんでした。
チーム内で議論をしたりクリッカーで集計することによって、「シェア体験」するにとどめました。しかし、生徒はここで多くのことを気づきます。もっとも、まだこの段階では自分と同じ感覚の生徒がこのくらいいるのかとか、自分は皆と違うなあという共通感覚のような段階で、一般化への意識は明確ではありません。