私学人から見た大学入試改革の道(3)

§3 高校生の「いまここ」と「未来」をつなぐ大学入試改革を

吉田先生:高校生の教育にダイレクトに影響する提言は「達成度テスト」。「基礎レベル」と「発展レベル」に分けて、そのテストの内容を変えていく、精査していくという方向性は、是非実現していただきたい。

しかし、まず高校生が全員受けるかどうかという点だが、その必要も意味もない。というのは、高校進学率が98%の現在、進学率の低かったかつてとは違い、高校生の進路選択が多様なのは言うまでもない。

(「第4次提言参考資料」から)

ところが、「達成度テスト」は「基礎レベル」であれ「発展レベル」であれ、「大学入学者選抜」、つまり大学入試が大前提になっている。それが結果として、「高校の基礎的・共通的な学習の達成度を客観的に把握し、学校における指導改善にいかす」のは結構だが、それと全員が受けるかどうかは別問題である。きとんと区別しなければいけない。

学力や教育の内容の改善の問題は、「達成度テスト」を全員が受けるかどうかではなく、教育課程やカリキュラムをどう改訂し、授業を変えていくかという話だからである。

そういう意味では、提言では、「達成度テスト」は「高校の単位及び卒業の認定や大学入学資格のための条件とはしないが、できるだけ多くの生徒が受験」としているから、全員が受けるという路線ではないと了解できる。

平方先生:第4次提言のみならずどの提言でも、グローバル人材の育成に当たっては、「夢を持ち、それを強い志に高め、実現に導く情熱や力、社会に貢献し責任を果たす規範意識や使命感が必要であり、幅広い教養と日本人としてのアイデンティティ、語学力や交渉力、多様な人と協働する力を含めたコミュニケーション能力、課題発見・探究・解決能力、リーダーシップ、優しさや思いやりといった豊かな感性などを培うことが重要」としていながら、大学入試の制度を変えることに終始している。

そのような能力を育てるためには、まずは高校の授業をいかに変えていくか。一斉授業だけに拠る授業だけではなく、ピアインストラクションのような対話やプロジェクト学習を導入することをもっと真剣に議論しなければならない。

方向性を示して、大学入試制度を変えただけで、一斉授業のみの方法が変わらなければ、結局は入試の内容は変わらないということになる。

大島先生:それでは元の木阿弥。近代教育の歴史の中で、一斉講義形式の授業は、知識を教え込む効率の良い方法として確立してきたわけだから、この方法では、幅広い教養とか協働する力は育てられない。

吉田先生:そういうことだ。もともと私立学校は、人間力全体を入試で問うてきたから、基礎学力としてのペーパーテスト以外に面接も工夫してきた。しかし、大学のAO入試や推薦入試が、生徒獲得のための方法としてのみ機能させたために、面接というのは不要であるという風潮がしばらく続いた。その影響が中学や高校の入試においても及んでいるのは否定できない。

同じ面接でも、質が違う。もし能力・意欲・適性を本当に見極めるとするならば、AO入試や推薦入試、国公立大学の二次試験も含めて、きちんとその理念を実現する試験にしなければならない。そうなることによって、今の高校生がどのような学びが必要か実感できるだろう。それがいわゆるモチベーションにつながるということだと思う。

高橋先生:私の学校は、中学がなく高校だけだから、大学入試が高校入試、そして高校受験をする生徒の勉強にストレートに影響を与えているのを目の当たりにしている。今のモチベーションの件であるが、本当に自己肯定感が低い生徒が多い。

私の学校の高校入試では、いわゆる受験学力としての基礎学力以外の考え方とか思考のスキルを見る入試も設けている。知識をたくさん憶えているのではなく、自分の持っている知識と新たに遭遇した知識をどのように組み立てていくかという思考そのものの力があるかどうかをみる問題。

その力がある生徒は、高校に入ってから、あるいは大学に進んでから、専門知を広げ掘り下げていける。その力が創造的な人材として育つ契機となる。

しかし、一般の受験学力としての基礎学力は、それこそ一点刻みで、本来受験学力という狭い領域の力を評価しているに過ぎないのに、生徒は自分の全人格を評価されているように錯覚している。錯覚にすぎないじゃないかと言っても、それが現実態となってしまっている。

偏差値は必ず序列がつくから、自分はこのくらいの位置にしかいないという自己否定感を抱いている生徒があまりにも多い。成績がよくても、ポジションが下がるかもしれないといつも不安に苛まれている。このようなネガティブな発想からはイノベーションは生まれない。

だから、能力・意欲・適性を本当に見極めるために多様で丁寧な選抜試験に転換していくいくことは賛成だが、この受験学力=基礎学力=人間力という錯覚や先入観をいかに砕いていくか、それには本当に教育内容や授業を変えていく覚悟が必要である。

吉田先生:その点についてもう1つ大事なことは、アメリカのSATやイギリスのAレベルなど海外の制度をリサーチしたうえで、「達成度テスト」という発想がでてきていると思うが、そうであれば、すべての大学が「達成度テスト」を活用するようにしなければならない。

高橋先生のおっしゃるように、大学入試は高校入試や中高の教育内容に大きな影響を与える。だから実際には多様な進路選択よりも、多様な入学試験の内容の影響を受けているという本末転倒ともいうべき事態になっている。

つまり、それぞれの大学の入試の受験対策のために、高校生が勉強に取り組むことになり、学びの質の違いを生み出している。

たとえば、いわゆる早稲田型の受験学力の入試問題、東大をはじめとする国公立大学の受験学力を問う問題、AO入試や推薦入試のように、中にはその基礎学力がどうも軽視されているのではないかという入試など、選抜方法が多様というより、問題内容がバラバラという意味で多様になっている。

だから、幅広い教養や協働する力まで身につけるような教育を受けるより、合格力という点では、そういう教育を受けないで、行きたい大学の入学試験の内容に合わせた教育を受けたほうが合理的だという間違ったことになる。

いつの間にか、教育そのものが、それぞれの大学の入試のスタイルに逆に規定されてコース制が生まれ、進学を重点的に教育することになってしまっている。

この状況を転換したいというのであれば、受験学力に偏らない、教養や思考のスキルなど教育の総合力を評価できる選抜方法、今回の場合であれば「達成度テスト」をすべての大学が活用するというビジョンを共有しなければならない。

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