加藤先生は、高1の英語の授業を≪PIL≫の手法で展開した。≪PIL≫とは≪Peer Instruction Lecture≫の略で、発案者はハーバード大学のエリック・マズール教授。そのスタイルはバリエーションがいっぱいあるが、基本は、聞くだけの授業から生徒が互いの考え方をシェアし、脳を活用する機会を、講義の中に埋め込む授業にシフトすること。
加藤先生の≪PIL≫は、iPadのアプリを活用した新しい手法。マズール教授は1990年代に、クリッカーという装置をパソコンと連動して実施したが、その後パソコンの進化は目覚ましく、クリッカーに替わるアプリがどんどん登場している。加藤先生は、クリッカーではなく、キャノンスキャンという写真をすぐにPDFに自動変換するアプリを活用した。
加藤先生の≪PIL≫は、たとえば、生徒がある英文テキストを日本語訳する問題を投げかける時、同時にカード型のシートを生徒に配布する。生徒はそこい解答や自分の考え方の痕跡を書き込む。
解答終了後、そのシートは加藤先生のもとに回収。生徒は単語チェックミニテストを行う。その間に加藤先生は、回収した生徒のシートをiPadで、次々写真撮影。あとはアプリで、PDFに自動変換。
生徒がミニテストを終えた頃には、読解和訳の生徒の解答はデータ-としてiPadに格納されている。
再び授業は、先ほどの英文和訳の問題へ。生徒1人ひとりの解答を見ていくわけだが、先生が1人で採点するというのではなく、クラスメンバー全員とシェアしていく。
それぞれがどんな考え方をし、どんな読み方をしているかがわかるし、何といっても当の本人は、自分のわからなかった部分をどのように理解したらよいか、友人たちの解答の痕跡から理解していける。
この段階では、加藤先生は、まだ解答解説をするわけではない。むしろ、生徒みんなと、誤答分析をして、どうしてこうなったのかなあと生徒たちと問答スタイルでチェックしていく。多くの誤答は、単語の多義性を無視して、辞書の1番目の意味をただ置き換えていくタイプが多い。
妥当な意味選択をしないと文脈がどんどん離れていき、明らかにおかしな意味を創り出してしまう。しかし、それがまたおもしろい。
生徒たちは、夢中になり盛り上がる。聞くだけの授業では味わえないスリリングな脳の運動が生じているようだった。
もちろん、シェアして終わりではない。そのあとに加藤先生は解説も忘れない。しかし、この≪PIL≫の場合、生徒1人ひとりが、どこをポイントとして耳を傾ければよいかそれぞれの意識が立ち上がっているので、従来型の授業のように受け身になって聞いているのとはだいぶ事情が違う。
どこがわかって、どこで躓いているのかは、生徒1人ひとり違う。それぞれの聞きたい内容に合わせて加藤先生が話すわけではなく、生徒の方が、自分にとってどこが重要であるかを判断して聴けるシステムに転換しているのである。これが本当の反転授業なのかもしれない。
それはともかく、従来の講義形式の授業は、問題→解答→解説という流れだった。しかし、加藤先生の≪PIL≫は、問題→解答→「生徒どうしの解答のシェア→解説という回路になっていた。つまり、生徒が独りよがりにではなく協力し合って考えて、理解を深めていく優れた授業に転換していたのである。
このイノベーションは、リスクテイカ―としての教師加藤先生のアイデアによって生まれたのであるが、このプロトタイプを工学院の教師はさらにシェアするから、工学院の≪PIL≫のモデルとして精度を上げていくに違いない。