八雲学園 八雲式PBLの奥義

来春、八雲学園は、共学校化する。どんな学校に変わるのか?5月20日「第1回ミニ説明会と体験教室」は満席となった。説明会では、八雲学園が積み上げてきた教育の総合力と先鋭的なグローバル教育を、女子だけではなく、未来を拓く子どもたちすべてに機会をつくる時代がやってきたがゆえに、共学校化を決断したのだということについて語られた。

理科の体験教室では、未来を拓くアカデミックなサバイバルスキルについて学んだ。アカデミックなサバイバルスキルとはCT(Critical & Creative Thinking)スキルである。by 本間勇人 私立学校研究家

2020年大学入試改革に伴って改訂される学習指導要領の1つの柱が、「主体的・対話的で深い学び」と呼ばれているアクティブ・ラーニングであるが、学びのスタイル、学びのパターン、キーコンピテンシーまでは議論されていても、実際の問題を解決する見通しの立て方、仮説の立て方、検証の仕方などが、そのような学びの中でどのように生徒が学ぶのかまでは論じられない。

まして、なぜそのような見通しに気づくのか?なぜそのような仮説が立てられるのか?なぜそのような検証の仕方を思いつくのか?など実践的な思考スキルについては、教師一人ひとりの暗黙知のままなのである。

優秀な教師に限って、その思考のスキルは見える化されることはなく、出来る生徒のみ教師の背中を見て、身に着けていく。しかし、学校は修行の場所でも職人集団の場所でもない。徒弟制度によって思考のスキルが伝授されるのではなく、生徒一人ひとりすべてが思考のスキルを身に着けられるのが教育の場である。八雲学園は、すべての生徒の才能にこだわてってきた。一人ひとりの生徒の世界観にこだわってきた。

ところが、20世紀型教育は、出来る生徒はできるが、出来ない生徒はいつまでもできないという格差を平気でつくってきたのだ。八雲学園は、チューター方式を実践してきた唯一の女子校として、一人ひとりに適合する学び方を模索し、思考スキルを全員が身に着けられる教育を開発してきた。それを授業で体現したのが、八雲式PBLである。

2045年に向かって、格差社会の進行はどんどん進む。なんとか、これまで、この八雲学園のような教育の恩恵に浴していない男子にも、機会をつくりたい。その想いが共学校化の決断につながったのだと思う。

(体験教室のスペース理科実験室にはいると、顕微鏡が並んでいる。覗いてごらんと声をかけられる。「顕微鏡」という媒介項が、日常の生活を超える体験を誘う。液体窒素の実験の伏線になっている。)

そして、その八雲式PBLのプロトタイプが、今回の「体験教室」である。学習内容は「-196℃の世界へようこそ!~液体窒素の実験 2017~」であったのだが、液体窒素の性質のみを学ぶのではない。液体窒素を活用して、物質の性質を検証する思考スキルを可視化するのが目的。科学とは、未知なるものや目に見えないものの存在を実験器具などを「媒介」して検証していく学問である。

子どもたちは、科学の根本的な学びの概念を体験したのだ。ラウンドスクエアに加盟している八雲学園にとっては、欧米の中学の理科では、最初の段階で、この点を徹底的に学ぶことを十分に理解している。手持ちの知識や身の回りの物で、検証していく思考スキルがあるからこそ、正解が1つではない問題に直面したときに創造的に問題解決できるのである。

(実験が始まる待ち時間で、音叉を使って、音がどうやって伝わるんか検証。問答の中で鼓膜の原理に気づく生徒もでてくる。音叉という「媒介」が聴覚と環境の関係についての考察に広がっていく)

多くの学校は、あたえられたトリガークエスチョンをモヤ感満載で考える環境がアクティブラーニングだとかPBLだとか錯覚しているし、そのような状況でグループディスカッションすれば最適解が生まれると信じている。そこには何の根拠もない。偶然すばらしい回答が生まれるときもあるが、ほとんどの場合、思いつきに等しい回答が並ぶ。それをいろいろな考え方があり、多様性があってすばらしいと評価する。

思考のプロセスが大切だと言いながら、どんなスキルをその都度使ってきたのか、プロセスを振り返ることすらできない。それでも、教え込まれるよりは、議論ができる環境がある方がモチベーションはあがる。モチベーションがアップすれば、突破口を見つける生徒がでてくる確率が高くなる。しかし、全員ではない。それは教育ではない。本物のPBLを世に伝えなければ、フェイクとしての教育が広まってしまう。

(様々な物質の融点・沸点を目検討で、推理させ、それをグラフに置き換える。この作業も科学における大切な思考スキル)

ダメージを受けるのは、目の前の子どもたちだ。もはや女子だけではなく、男子もこの危うい教育に身をさらさせていてはいけない。自分たちのできる範囲でまずはじめ、仲間を増やしていく。まずは、隗より始めよだと、静かな内なる情熱を燃やしながら、八雲式PBLを公開することに踏み切ったのである。

たった40分という時間に、いくつも「比較」の実験を挿入し、「差異」を明らかにしながら、仮説を検証していくループの連続体が八雲式PBLである。物質の3つの状態を40分という短い時間で検証するにはどうしたらよいのか。非日常的な空間を作りだすことで、日常生活では見えなかったことが見えてくる。だから「液体窒素」なのかと参加者は気づくわけだ。

バラの花を液体窒素にいれたらどうなるか?それもサプライズではあるが、さらに造花のバラをいれると、変化が起きない。一体なぜなのか?その「差異」は何か?弧参加者の中から「水分」ではないかと。すると、ティッシュで試みる。最初は変化が起きない。次に水分を含ませたティッシュを液体窒素に入れると、なるほどという変化が起きる。こういう、こまめな「差異」と「検証」を繰り返いしていく思考実験が、八雲式PBLだ。

今度は、コイルで電池につないだ電球をとりだして、コイルを液体窒素に入れると、どうなるか?コイルが凍って電気を通さなくなるのではないかとか、リニアモーターカーと同じことなどと意見がでてくる。結果は電球の光が強くなってくる。どうやらコイルの抵抗が弱くなっているからではないかとなる。

(女子も男子も次々繰り出される仮説検証実験に魅了された)

では、今度は電池をいれてみると、どうなるか?どんどん光は弱くなる。電池とコイルとでは何が違うのか?どんどん「差異」を考えていく八雲式PBL。

「差異」を見つけることは、驚きを見つけることであり、驚きは「好奇心」「開放的精神」「なぜというクリティカルシンキング」を発動する。

二酸化炭素をドライアイスにする実験も、瞬時に行われ、実は3つの物質の状態変化をショートカットする昇華の体験もする。実際に液体窒素に触れる体験もする。それらが、創造的思考力を膨らますのは言うまでもない。

このように、目の前に非日常の実験環境をつくり、それを「媒介」として、新しい気づきを引き出していく。それは、やがて「原理」という一般化へと向かう。そこに行きつくまでの、こまめな仮説検証の過程のループ1つひとつが思考スキル。物質の変化とはどういう原理によって発生するのか?子どもたちは、八雲学園で学ぶ入口に立った。それはGrowth Mindsetができた瞬間だった。

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