工学院の進路指導(1)自分で踏み出すきっかけ

工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」と表記)といえば、グローバル教育とSTEAM教育を土台とした21世紀型教育です。しかし、今春同学院の歴史始まって以来の大学合格実績を出した学年は、まだ全面的に21世紀型教育改革システムが展開していない学年。
 
ただし、探究論文という21世紀型教育の中核的な学びの一期生ということもあり、興味と関心のあることについて、自分で考え、探究の道を、やはり自分で踏み出していく学びの習慣が浸透していたのです。
 
ある意味、これこそが21世紀型教育の肝で、現在、工学院がこのような新しい教育を展開できているのは、卒業生が自分で自分の道を踏み出す精神的なミーム(文化遺伝子)があったからだともいえます。
 
学校に限らず、イノベーションが成功する組織には、精神的な文化遺伝子ともいえる伝統が核としてあるからです。3人の卒業生との対話がそれを明らかにしてくれました。
                          by 本間勇人 私立学校研究家
 
 
(左から新井先生、木戸くん、早川くん、菅谷くん、平方校長)
【座談会参加卒業生】
木戸直輝 都留文科大学 教養学部 学校教育学科
菅谷遼太 法政大学 理工学部 電気電子工学科
早川拓未 中央大学 法学部 法律学科
 
Q:進路を決定した時期やそのきっかけになったのは何だったのですか?
 
木戸:私は、高1の段階で、教師になる道を決めました。もともと中学のとき部活と勉強の両立を目指すことを教えてくれた先生との出会いで、教師という仕事の重要性が気になっていました。
 
部活は軟式野球部だったのですが、工学院入学後も軟式野球部に入部しました。部活と勉強の両立をやり切るには、その部活は最適だったからです。
 
 
そんな思いが、高1のキャリアガイダンスである適性検査を受けて、その結果ではっきりと出てきたので、確信を持ちました。
 
その適性検査は、自己を見つめるデータや自分の将来の仕事の適性、学問選択の診断の参考データでした。
 
早川:自分は、なかなか進路が決まらなかった方だと思います。文系というのは決まっていたのですが、何になるかという進路先よりも、部活やいろいろな視野を広めることに興味と関心があったからだと思います。
 
ですから、高2になって志望校をいよいよ決める段階になって、迷っていたら、先生から声を掛けられました。具体的な指示はまったくなかったのですが、自分のやりたいことは何かについて、耳を傾けてくれました。その先生との話の中で、見えてきたのだと思います。
 
 
自分たちの学年から、高1から高2にかけて課題論文(現在は「探究論文」)を作成する機会が課せられました。自分のやりたい学問と社会の関係を考えることのおもしろさや論理的に考えることの重要性に気づくきっかけになりました。
 
自分の論文の担当の先生に個別に指導してもらえたのですが、解答を教えてもらうということは全くなく、調べ方や視野の広め方、編集の仕方、考え方を学べたと思います。
 
とはいえ、社会科の模擬試験の結果はあまりふるわず、暗記することよりも、数学という論理的に考えていけばよい科目が好きでした。入試も、英語と国語と数学で受けることにしました。
 
菅谷:自分は幼いときから決まっていたような気がします。ゲームが好きで、遊びながら、ゲームの仕組みが気になりました。そのうち、業界を驚かすようなゲームが次々登場するたびに、ゲームを作ることへの魅力を感じるようになりました。しかし、ゲームはお金がかかりますが、そんなにお金は使えないので、ゲーム機をたくさん買うことはできませんでした。
 
それで、中学頃からパソコンでゲームをやるようになりました。たぶん、パソコンを使ったことが、ゲームやコンピュータの仕組みの方に興味が移っていったのだと思います。ただ、進路や志望大学をはっきりと決めたのは、高1の文理選択のときでした。
 
Q:幼いころからだいたい決まっていたということは、早川くんが語っていた課題論文もゲームやパソコンに関して探究していったのですか?
 
 
菅谷:いやまったく違っていて、人工甘味料でした。コーラが好きだったので、興味と関心があるもの中からテーマを決めました。
 
Q:今、全く違っていると言ったけれど、どこか菅谷くんの理工系の道を歩く何かと結びつくような気がするけれどどうでしょうか?
 
早川:たしかに、ゲームやパソコンと人工甘味料という素材は違うけれど、その素材の背景にある仕組みについて、紐解いて論理的に導いていく、考えていくという点では、その姿勢は同じだと感じます。
 
木戸:それに、やはり好きなもの興味があるもの関心があるものを通して学んでいるというところは共通していると思います。深い学びにもっていく姿勢があると思います。
 
菅谷:どうでもいいことからはじまっていると思っていたけれど、2人にそう言われれば、なんだか照れくさいけれど、そういうものかなと。たしかに、ゲームを楽しんだり、コーラーを飲んでそれで終わりにするのではなく、作る側の目線で眺めている自分がいると思います。
 
Q:一般的に、進路について語るとなると、受験結果とか参考書はどんなものを使ったとか、勉強の作戦はどうしたかなどとなるものです。ですから、進路に対する自分の内面をここまで語れるというのはなかなか得難いと思います。今みなさんが話をしてくれたような進路に対する姿勢に工学院の先生方はどんな影響があったと思いますか?
 
木戸:もちろん、そういう基本的な内容も「合格体験記」に詳しく書きましたが、そうですね。工学院の先生は、何かをこうしろという指導はしなかったですね。自分が好きなものや興味があるものを大切にしてくれました。
 
早川:自分もそう思います。やはり自分で考えることを大切にしてくれました。論理的に考える過程も重視してくれましたし、情報はもちろん提供してくれました。具体的に指示するということは、先ほども語りましたが、なく、だいたいのことを教えてくれるというか、大枠は示してくれたと思います。
 
菅谷:そうですね。自分の担任の先生は、自分にとって必要なタイミングで必要なことを言ってくれるというタイプでした。自分では、みんなから見たらどうでもいいようなことをやっているなあと思いながらも、先生はそれを受け入れてくれていたと思います。
 
Q・木戸くんは、教師になると決めているということですが、今話に出たような工学院の先生はモデルになるのですか?
 
木戸:もちろん、教師像というのは、工学院の先生と重なると思います。私は、やはり子供が好きなものや興味のあるものから始めて、深く考えていく姿勢を大切にしたいと思います。
 
そして、何といっても体験は大事ですから、部活と勉強が両立できる環境を設定できる教師の情熱が理想です。私たちのときはまだでしたが、これから大学入試改革や学習指導要領の改訂がありますが、自分が教えることになる生徒は、そういう学びができる環境になります。教育原理などを学んでいるとそういうことがはっきり見えてきます。
 
早川&菅谷:木戸は、いい教師になるよ(笑み)。ほんとうにそう思った。(つづく)
 
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