工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」と表記)は、八王子という私立中高一貫校志望者が23区に比べかなり少ないエリアにあります。もともと日本の私立中高一貫校に進学する割合は、全国の同年齢人口の7%。一般には公立中学と私立中学の選択を考える家庭は少ないのです。
一方東京の23区は、区によっては20%近く進学を考える層がいる私立中学受験王国です。ところが、八王子エリアはというと、同じ東京都にありながら、全国レベル。東京における私立学校の経営としては、極めて不利な困難を極める立地条件です。
それがゆえに、このエリアでサバイブするために、先生方はイノベーティブな教育活動を徹底しています。by 本間勇人 私立学校研究家
(中学の理科の授業、Fab Labも備えた図書館で創造型PBL授業。工学院のPBL授業のプロトタイプ。)
このイノベーティブな教育活動は、しかし、並大抵のものではありません。23区で行われている程度のイノベーティブな教育活動では、差別化されませんから、その困難な立地条件を好条件に転換することは難しいでしょう。
そうなると、学内は、歴史的論理必然的に、質を高めるか結果を出すかという緊張感が生まれます。工学院としては、突出した21世紀型教育というビジョンを掲げて、「挑戦・創造・貢献」という理念を実現しようとしています。
しかし、その前に大学進学実績ではないかという議論が、巻き起こるのは世の常です。前者の中心は、創造型PBL(Project based Learning)授業です。後者は、戦略的PIL(Peer Instruction Learning)です。一般的には、アクティブラーニングと講義ということになるでしょう。
工学院は、このアクティブラーニングと講義の拮抗を解消し、PBLとPILという形で、生徒がどちらにおいても主体的に自律的に対話的に考えプレゼンできるような仕掛けを作っています。
とはいえ、それは理想的な平衡状態で、針が揺れるのが現状です。そのときに、PBLだけに偏るのか、PILという講義だけに偏るのか、それとも統合しようとするのか。もちろん、統合しようとします。それゆえ、学内は常に創造的緊張感が走っています。
これは、他校ではなかなかない状態です。どちらか一方に決めてしまうのが楽だからです。ところが工学院は、創造的緊張感を持続する道を歩んでいます。いばらの道ではありますが、その向こうには生徒にとってはもちろん、教師にとっても、学校にとっても、八王子エリアにとっても、最終的にはグローバルなエリアにおいても「希望」が待っているからです。
21世紀はある意味産業革命以来の大転換を意味するエポックメイキングな時代です。帝国や近代国家の歯車としての一員として背景にある個人ではなく、自由・平等・博愛を1人の力でも主張できる自律協働創発型人材の時代です。そのような時代は、それぞれ個人の考え方や価値観が衝突するのは当然です。
そのとき、違うもの同士がいがみ合い、互いを排除し分断を造るのか、創造的緊張感を発揮して、自律協働創造的な社会を創っていくのか。工学院は後者を選んだのです。
教務主任の田中先生は、「本校のビジョンはなかなか高邁なのです。ですから、立ち臨むには、Growth Mindsetが大切です。しかし、私たちだけがそうなっても、八王子エリアの教育文化とのギャップを感じたとき、やはり私たちも情緒的に不安定になって、ある意味パニックになります。すると、その立ち臨むテンションは萎えて、ビジョンを引き下げようという圧力が働くときもあります。
しかし、原点に立ち返り、再び創造的緊張感を共有し、ビジョンを確認し合います。そして、その実現の活動をするわけですが、創造的緊張感と情緒的緊張感は常に同居していますから、現実はそう簡単に進みません。
にもかかわらず、やらんくてはならないのです。そこで、私たちのこのビジョンの原点は思考コード創出でしたから、今年は、教員全員一人ひとりが、自分のやりたいことを思考コードで表現することにしました。
思考コードに刻まれたコンテンツは、1人ひとり違います。しかし、思考コードを共有するという意味では、個々の力を尊重しながらもベクトルは共通しているということになります。」
この個々違うけれど、大きなベクトルを共に歩むというアクロバティックな組織作りを田中先生は、教員と一丸となってやっているわけです。
ですから、田中先生と思考コードを中心になって創出した櫻坂先生の授業などは、戦略型PIL授業と創造的PBL型授業の両者を授業の中に丁寧に取り入れているのです。
しかも、プロジェクトというのは、あるテーマを客観的に追究するだけの作業ではありません。生徒自らが、自らを勇気をもって、その世界に投げ込み、根源的な問題に触れながら、自分の歩む道が拓かれる行為でもあります。つまり、プロジェクト型の学びは同時にキャリアデザインになっているのですが、櫻坂先生の授業は、そういう多層の意味があります。したがって、密度の高い授業で、ある意味学び=祭りになっていて、生徒はHard Funを体験しています。