戸板 もうひとつのPBLに挑戦

戸板の市川先生のピアインストラクションを導入した授業は、すでに紹介したが、今回はPBLを活用して授業を行うと聞き及んだので、再び見学させていただいた。

プロジェクトベース学習を、1時間の授業の中にどのように導入するのかと思っていたところ、今回はもう1つのPBL,つまりプロブレムベース学習だった。知識を講義するときと、知識をリンクするために時代を読む授業をするときと、授業のデザインをPILやPBLに自在に切り替える市川先生。なぜそんな器用なことができるのか、その理由について追求してみた。(by 本間勇人:私立学校研究家)

トリガークエスチョンの二重性

クラスに投げられた問いは「聖徳太子が中央集権国家を目指したのはなぜか?」という歴史の問題。考察するために、まずは4つの国内の時代事象と4つの隣国の時代事象を並べ替えリンクする問題を出した。大きな問題を考える時に、歴史的因果関係を予測するところからはじまったわけである。

今回は、この8つの時代事象については、これから習う内容で、生徒にとっては未知の領域。しかし、すでに古代国家成立の過程は習っているわけだから、時代のダイナミズムのプロトタイプはおぼろげながらできているはずだと市川先生は説明してくれた。

すなわち、今回のトリガークエスチョンは、聖徳太子の時代の知識のつながりを理解する問題であると同時に、歴史のダイナミズムのプロトタイプを考える二重性が仕掛けられていたのである。問題それ自体を解決する思考と他の時代の問題を解くときに応用可能なプロトタイプを見出す二重性。

しかし、この二重性をコンコンと説明するや、どちらも知識になり、結局はほとんどの場合、へえーで終わり、応用がきかない。

ワールドカフェ風に

そこで、市川先生は、ワールドカフェ風にチームで対話しながら考えていくプログラムをデザインした。互いに考えを交換しながら、チームの統一見解をつくる。そこでかなり、歴史のダイナミズムが見えてくるのであるが、議論は多様な方がよい。

だから、次に、各チーム1人ホストを残し、メンバーがそれぞれ違うチームに、情報収集しにいく。自分たちの考え方より説得的な情報を持ち帰るためだ。

このワールドカフェ風の対話の特徴は、誰が正しいのかわからないということだ。ただひたすら議論を続けることで、より説得的な論理ができあがっていくのである。

ボームの対話理論

議論をしていけば、説得的な論理が自然と生まれてくるとは、20世紀型教育では、信じ難いし、無責任な授業のように思えるかもしれない。しかし、ワールドカフェのワークショップの背景理論である量子力学者デヴィッド・ボームの「ダイアローグ」によれば、余計な力が介在しない方がコヒーレント(一貫した)な理論が見えてくるのである。量子力学的な化学反応理論同様の発想である。

また、ワールドカフェの社会学的基礎であるハーバマスのコミュニケーション行為の理論によれば、20世紀型コミュニケーションは戦略的でそれはシチズンシップベースのコミュニケーションにシフトする必要があるのである。

この学問的見識を検証するかのように、市川先生のPBL型授業は、生徒たちを説得力ある歴史のプロトタイプを見出す論理に導いている。

アイデンティティを生成する対話

それにしても、戸板が進化するぞと宣言して3か月も経ていない。それなのに、どうしてこのような授業にチャレンジできるのだろうか。市川先生は、生活指導部長でもある。それで、こう語る。

生活指導の一番の目的は、生徒自身が、自らのアイデンティティに行きつくことです。そのためにワールドカフェ風の対話をすでに取り入れていました。そこですでに手ごたえを感じており、日々の具体的な現象に直面している自分の中に生徒たちがより高次のアイデンティティを見いだしていくことと個々の歴史的事象の背景にある歴史のダイナミズムのプロトタイプを見出す知性は同じだと直感したのです。ですから授業のデザインそのものは今まで実践してきたことなのです。ただ、それを教科に応用してみようとは思ってもみなかったですね。

高次な対話は、横断的な知性を養うのにこれほど有効なのである。市川先生の授業はそれを証明した。そして高次思考は数学にすぐに飛び火した。数学の授業でもPBLを導入し始めたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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