■ストックの棚卸
知識の量を調整して、思考の時間も挿入するという授業計画から、知識を学ぶことが同時に思考力も育成する授業のプログラムへというミッションをいかに具体化するか。このミッションはどこからか、新しく降ってきたのではなく、もともと戸板の社会科の暗黙知としてあったものである。それを社会科内で言語化したわけである。
したがって、自分たちが普段行っている授業の資源を汲みだして、言い換えれば、ストックされていたものを棚卸して、整理することになった。これは整理作業なので、会議の効率を上げるために、2人ずつ話し合うピアインストラクションのステージに進んだ。
今井先生と市川先生は、今試みているトリガーワークシートの仕掛けについて話し合っていた。学習指導要領が次に強化したい構成主義的な学習観や今世界に広がっている21世紀型教育では、オープンエンドな問題を出題することが課題になるが、大事なことはどこまでオープンエンドにしておくかその幅であると。
限りなく開かれたままだと、たとえば、今の時期、戸板の4年生(高1)にいきなり投げかけると、どこまで考えればよいのか、、問題のねらいは何か探し始めて不安になる。たしかに、それらを考えるコトが実にねらいなのであるが、そのまえに不安になるのも、テスト測定学という分野で「テスト不安」という研究があるぐらい無視できないところであると。
戸板には「知好楽」という教育哲学が伝統的にある。学びは好奇心からはじまる。だから楽しいし知的探究心が芽生えてくる。いきなり「不安」を生み出す授業は、その芽を摘んでしまう。かといって、知識を憶えなさいだけでは、元も子もない。
そこで、一見すると空欄補充であるが、たとえば、ヤマト政権がなぜ中央集権化したか、外交情勢といかに関係しているのか、コンセプトマップの簡易版を提示する。これだと、個人であれこれ考える。調べてきた知識がある程度あてはまる。ある意味梯子がかかっているから、なんとかなりそうだと勇気がでてくる。
そして次に隣同士仲間とお互いの考えを披露する。すると少しずつ違いがあることに気づく。それをどう解決するのかおしゃべるするのは、女子校ならではの学びの過程である。そして、解説するときには、70%の生徒がすでにできてしまっているということになるそうだ。この繰り返しが、好奇心に火がつき、考え話し合うことを楽しみ、探求心の大切さを体験していくことになる。こうして、知識は定着するし、思考するために知識は逆にどんどん増えていくのではないかと、会議は盛り上がった。
一方、原田先生と豊田先生のチームは、「福沢諭吉」というてテーマを投げかけたとき、生徒が自ら様々な事象や現象にリンクしていくためのトリガークエスチョンそのものを振り返ってみた。福沢諭吉のどの著書を読むのか?もし「福翁自伝」を読んだら、文明開化という時代背景における意義は何か?それは現代のアベノミクスと共通した考え方はあるのか?それはなぜか?福沢諭吉の考えた「学問」から学べることは何か?
あるいは、福沢諭吉の言葉で知っている有名な言葉は何か?そこにはどんな思想があるのか?江戸時代の思想とはどう違うのか?江戸時代の身分制度との比較、経済に対する考え方の違いは何か?などなどマインド・マップ形式でどんどんでてきた。
豊田先生は、戸板の社会科の授業も5年6年になると、進路の悩みにこたえることができる深さと広がりがあるということが改めてわかったと、進路指導部長でもある原田先生と気づきを共有していた。たしかに、その時期の生徒にとって、なんのための学問なのか、政治や経済、社会の問題はなぜ現象し、いかに解決したらよいのかという学びの過程は、自分の「いまここで」立たされている事態を、多角的に考えるヒントになる。
今井先生は、両チームの話し合っている様子から、生徒の成長段階に合わせた「トリーガークエスチョン」を積み上げてきたことを重視した。ここに戸板の生徒の飛躍の秘密があるのだと。