これからの英語教育において、4技能英語、PBL、ICTは、いずれも欠かせない要素。しかし、一方で知識や文法軽視の短絡的な発想も広まっている。そしてまた相変わらず、まず知識や文法を学ぶことが基礎学力だという昔ながらの短絡的な発想も根強い。
工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」と表記)の英語科主任田中歩先生は、生徒が英語を使う環境に置かれたときに、どのように英語を使ってコミュニケーションするのか、その実際的な場を授業ではマインドセットしているため、そのような2つの短絡的発想は、工学院の英語科では、そもそもないと語る。by 本間勇人 私立が校研究家
文法で、よくある授業風景は、たとえば、能動態を受動態に書き換えるトレーニング授業。多くの英語の授業で、機械的に書き換える演習問題をこなしていくシーンは、筆者自身も遠い昔中学時代に体験済みだ。
しかしながら、工学院の英語科は、この文法授業を行う際も、そうはならない。というのも同校の英語科がシェアしている英語教育方法論はCLILであるからである。CLILは、Content and Language Integrated Learningの頭文字で構成された呼び名で、クリルと呼ばれている。イギリスをはじめ、ヨーロッパで広がっている方法論。田中先生は、一般財団法人日本私学教育研究所が主催している外国語教育改革部会の研修の特別委員でもあり、ブリティッシュ・カウンシル、上智大学 国際言語情報研究所などのリサーチの成果であるCLILを学び、工学院英語科でシェアしている。
そして、同校が採用している英語のテキストは、Cambridge「Uncover」で、これはCEFR基準を明確に意識して、CLILの方法論に即して構成されている。したがって、英語を活用している臨場感のあるシーンを足場として、実用的にコミュニケーションする授業となる。教師も生徒もプラクティカルウィズダム(実用知)が発動するようなテキストなのである。
だから、機械的に能動態と受動態を書き換える作業をしていると、“Look at that window! Ken broke it.”などという実際のコミュニケーションでは使わない表現をしてしまいがちだが、そうならないのが、工学院の英語科の授業なのだ。
田中先生によると、
「能動態と受動態の書き換えトレーニングをやるよりも、両者にはどんな違いがあるのかを生徒と考えます。言葉は生き物ですから、表現が違えば、ざっくりとした意味は同じかもしれませんが、ほかに伝えたい何かがあります。ですから、そもそも違うわけです。その違いは生徒とリフレクションします。英語だけではなく、日本語も感情やニュアンス、暗示など意味以外に伝えたい情報の複雑系が実際のコミュニケーションです。
能動態と受動態では、主語が違いますから、語順が入れ替わります。すると、それは、送り手が強調したいことが変わるからだということは生徒たちはすぐに気づきます。先ほどの例文などのように、いろいろなシチュエーションで英語を使っていくと、情報が既知か未知かなどにも気づいていきますが、このへんまでくると、すんなりはいかないので、生徒の反応を見ながらアプローチを変えていきます。
dialogue形式で2つの態を聞かせてモヤ感を作ったり(1人で2役やります)します。 当然、会話なので 能動態→主語にspot 受動態→モノや受け手にspotといったことを意識して対話ができるようになれば、実際に使われる状態が見えます。
単純な能動態と受動態の書き換えではゴールは見えませんから、“People made the wall of bottles.” と“ The wall was made of bottles.”の2文を例に挙げて、伝わり方の違いを議論することもあいます。正解にたどりつくことが目的ではなく、その違いを想像したり、予測したりすることこそ、実際のコミュニケーションで行われていることだと思います。
このような、議論をしたあとに、“Soccer is played by 11 players.”をあえて、機械的に“11 players play soccer.”と書き換えてみて、何が違うのかと問うと、おかしい!とピンとくる生徒も多くなります。自分たちも受けてきた、書き換えばかりで定着させようとする授業では、このような違いには着目しないので、プラクティカル(practical)ではありません。
CLILはこういう実際的な環境を設定するということにこだわりますが、もう少し深く考えるコンテンツも大切にしています。授業は、実はここからが醍醐味です。このあたりでPBLにいよいよシフトしていくわけです。テーマについて受動態の文を使ったライティングをグループ作業でおこなうというのもありますが、私が最近行っているのは、プロダクトベースのPBLです。
何かの製品を考えて説明させるアクティビティを入れます。たとえば、家というテーマは身近でもあり、どこまでも深く議論していけます。絵をデザインし、英語でプレゼンをしていくのですが、“This house has a solar panel. The heat from the sun is used to give power to the house.”というように、受動態のおまけで不定詞もコラボできてしまいます、
LEGOも使います。ツールはとにかくたくさんあります。実際のコミュニケーションは、周りにあるものはなんでツールとして使うので、多様なものを活用するのがCLILの特徴です。」
田中先生の話を聞いていると、工学院の英語教育は、このような生徒のプラクティカルウィズダムを英語で鍛えているということがよくわかる。実際の状況に置き換え、戻していくことでdebateやnegotiationという特別な場面だけでなく、日常のコミュニケーションの中でも、Critical thinkingを活用できるようになる。田中先生のプロダクトにつながっていく英語の授業では、Creativityの能力を生み出すきっかけにもなっている。
田中先生は、「文法は、日本の英語教育の固有の特徴だというのは幻想です。イギリスでもアメリカでも行います。ただ、プラクティカルなCLILのような方法で行っています。そもそも文章の骨組みですから、家を建てるときに設計図や骨組みを考えるのと同じです。生徒は、文法を通して、実はデザイン思考も豊かにしていけると信じています」と語ってくれた。