聖パウロ学園高等学校(以降「聖パウロ学園」)では、高校3年という短い時間でありながら、広大な「パウロの森」の中で、生徒たちが大きく豊かに成長する教育プログラムがつくられている。都市化とコンビニエンス化の時代にあって、豊かな精神の復活の場が広がっているかのようだ。理事長校長髙橋博先生と副校長倉橋和昭先生に、その教育の創意工夫について尋ねた。(by 本間勇人:私立学校研究家)
■入学時の適性検査はおもしろい試みをされていると聞きましたが。どんな問いを投げかけるのでしょう。
髙橋校長:大きな問題を2題出題します。どちらも論述式です。字数に制限はありません。そういうと、難問をだすのではないかと思われるかもしれません。たしかに、中学生にとって、書くという行為は難しいのですが、大事なことは、難しくてもワクワクする問題なのか、難しくてやる気を失ってしまう問題なのか、そこの見極めです。
本学園の問題は、チャレンジしたくなるような問題だとよく言われるのです。たとえば、世田谷区と八王子市の「人口」「世帯」「公立中学校の校数」のデータを示して、東京都全体には公立中学校が何校あるか論拠をあげながら推定しなさいという問題を投げかけます。
他の区市町村のデータは示されていませんから、データがないから正解が出せないと思ってしまうと、思考はストップしてしまいます。しかし、学校数を正確に答えることが目的ではなく、与えられた条件をどのように活用すれば、推論が可能なのかを創意工夫すればよいのだと気づけば、思考力をフルに回転し始めます。
もちろん、本学園を希望してくるのですから、1つの正解を出すことが目的ではなく、考える過程を表現する問題であることはあらかじめわかっていますから、ドキドキワクワクしながら挑戦してくれます。
倉橋副校長:とにかく、記憶していないとできないという壁を作らないことです。入試の時だけではなく、ふだんの朝20分の授業(パウロ・ステップアップ・ラーニング)などにおいて、英単語を記憶する時にも工夫をしています。英単語を憶えることは簡単だと思うかもしれませんが、生徒にとっては、1つの単語でも情報は多角的です。
「発音」「スペリング」「意味」「熟語」「時制」「語法」などあふれるほど情報があるのです。ですから、いっぺんにすべての情報を憶えるのではなく、まずはリスニングや読解ができるようになるところからスタートするには、どの情報の優先順位が高いか教師は工夫をするのです。
■記憶をするにも優先順位という木目細かい過程を見出すというのは、記憶というよりも考えることそのもののような気がします。
髙橋校長:そういう考え方もおもしろいね。大事なことは、生徒一人ひとりによって、考えるにしても憶えるにしても、その過程が違うということなのです。本学園では乗馬やラグビーなど他校にない多くの部活動が盛んですが、生徒一人ひとりの好奇心や興味を大切にするということは、選択肢というものを大事にするということなのです。部活動の運営は、教師にとってはたいへん苦労し甲斐のある活動だけれど、教育にはなくてはならない教師の役割です。
倉橋副校長:また、聖パウロ学園は、広大な自然の中にありますから、そこを日常的に活用できるのです。「パウロネイチャープログラム」という体験学習は、どこか遠くに行って大がかりにプランする必要はないのです。自然というのは、散策しているだけでもいろいろな好奇心を育ててくれる豊かな知の空間ですよ。
髙橋校長:「パウロ・キャリア・プログラム」というのは、3年間で思考力と論文力と発表力を養う本学園の教育の基盤。自然といえども、昨今は環境の問題という社会との接点や解決するためのサイエンス的な発想力が必要になるから、問題意識を広め深める環境は、本当に豊かだと自負しています。与えられた課題を解くだけでは、この激動の社会や世界で多くの困窮した人々と協力してよりよい社会づくりができない。課題そのものも自分で発見できる教育が聖パウロ学園の大きな特徴かもしれません。
■激動の世界という話がでましたが、オーストラリアとの国際交流も盛んですが、イタリア修学旅行というのもありますね。
倉橋副校長:自然という体験、地域という体験、世界という体験となるのですが、その世界の体験の前に環太平洋の国々というフィールドを設定しています。英語を隣人の国々から学ぶというのは、とても実用的ですし、環太平洋という視点は、生徒にとっては親しみやすいのです。好奇心はまずは親しみやすさから生まれてくるもです。
髙橋校長:つまり、オーストラリアは同時代性と同じエリアという空間視点をもってもらいたいということなのです。外国人ならまったく違う文化の中で生活をしていて、価値観が全然違うということではない。特に政治や文化、経済の交流が盛んな環太平洋の地域は共通点もたくさんあります。
しかし、同時代性だけでは、世界を理解するときに偏った見方になるおそれがあるし、高校生の進路においてもっとも興味があるのは未来。その未来という自分が見たことも聞いたこともない世界をどのように描くのか?それには歴史に目を向ける必要もあります。
本学園は、カトリック学校ですから、アイデンティティの旅という意味でも、聖フランシスコの聖地アッシジやカトリックの拠点バチカンを訪れるイタリア旅行をしていますが、もう1つ理由があります。
それはアッシジそしてバチカンを訪れ、ジョット、レオナル・ド・ダビンチ、ミケランジェロ、ガリレオ・ガリレイなどのルネサンスの精神に出会ってくるという意味もあるのです。
倉橋副校長:ルネサンスの精神は、今の高校生には未知との遭遇です。世界が変わるということはどういうことなのか貴重な体験をしてくるのです。
この歴史的認識は、事実としての歴史の知識で終わるのではなく、その知識を今度は未来に応用する時、生徒たちは、未来に還る感覚になってもらえれば、将来への不安が勇気に変わると期待しているのです。
髙橋校長:同時代というグローバルな空間体験、歴史という時間体験、自然の中での体験、本学園にはまだまだ体験がいっぱいありますが、大事なことはそれを考える学習という授業の場を通すことです。そこでは、私たち教師とのコミュニケーションがあります。生徒の躓きをサポートし、生徒の発見を深め、生徒が未来に自信をもって歩けるようエールを贈れる大切な場です。つまり、内面の体験こそ聖パウロ学園の教育の特色だと信じています。