SGH 順天学園の教育改革 <1> ICT活用

順天中学校・高等学校(以降「順天学園」と表記)は、2014年度からスーパーグローバルハイスクール(以降「SGH」と表記)の認定校として、いち早く21世紀型教育に取り組んできました。同校の掲げる教育目標「英知を持って国際社会で活躍できる人間を育成する」は、文部科学省のSGH構想と100%合致しており、強力なシナジーを得て21世紀型教育改革を推し進めています。
 

そんなSGH順天学園の最先端の取り組みを、全4回の連載形式でお届けしてまいります。初回である今回のテーマはICT(Information and Communication Technology)。中学校・高等学校におけるICT導入は、ともすれば単なるIT機器の設備投資になりがちです。本稿では、順天学園が「ICTの本質」をどのように捉え、どのように活用しているのかご紹介していきたいと思います。(by 福原将之 株式会社FlipSilverlining)

 

<順天学園の反転授業>

さて、順天学園におけるICT活用を見ていくためには、その活用現場である「順天学園の授業」について先に触れておく必要があるでしょう。

「二次元において空間を分断させるものは線ですね。では、三次元において空間を分断させるものは何だと思いますか?」と生徒に問いかけるのは中原晴彦先生。順天学園では様々なスタイルのアクティブ・ラーニングを採用していますが、ここ中原先生の数学の授業では反転授業のスタイルを用いています。反転授業とは、従来の授業と宿題の役割を「反転」させ、教室では知識確認と問題解決学習を行うアクティブ・ラーニング型の授業です。

反転授業の問いかけをする中原先生は、東京大学大学院にて理論物理の博士号を取得した「研究のプロ」です。イギリスの高校で教鞭を執ってきたキャリアもあり、生徒への発問は的確に「学問の本質」を突いています。受講している生徒は4名と少数精鋭。生徒たちは脳に汗をかきながら、それでいて楽しそうに議論を交わしています。

写真:中原先生の問いかけに応えて、自分のアイディアを述べる生徒たち。活発な議論の様子が伺えます。
 

<反転授業のICT活用>

それでは、中原先生の反転授業で使用しているICT機器をみていきましょう。中原先生の授業で使用しているICT機器は全部で二つあります。ひとつ目は、次の写真のような電子黒板です。

写真:順天学園の反転授業で使用されている多機能型の電子黒板。生徒がこれを使って講義をすることもあります。

 

いわゆる多機能型の電子黒板で、(写真では使用していませんが)三角形などの図形をきれいに描いたり、デジタル教科書を映したりすることができます。しかし、この授業ではデジタル教科書は使用していませんし、また図形もハンドフリーで描くことが多いでしょう。なぜ、反転授業で電子黒板を採用しているのでしょうか。

「電子黒板は、普通の黒板でできることが全部できます。でも、何かをスピードアップしてパッパッパと見せるためにあるわけじゃないのです。」と中原先生。「電子黒板の強みは、書いた内容を全部“共有”できる点にあります。普通の黒板ですと、一度消してしまったものは無くなってしまいます。でも電子黒板なら、授業中に書いた内容は全部デジタル化されて保存されます。電子黒板を使用することで、生徒は「ノートに記録する作業」から解放され、議論の内容により集中してもらうことができるのです。」

写真:順天学園の反転授業で生徒が使用しているノートパソコン。紙のノートとノートパソコンの両方を併用したハイブリッドスタイルで学習をします。

 

反転授業で活用されている二つ目のICT機器は、生徒用のノートパソコンです。こちらを活用して生徒たちは、議論に必要な情報をインターネットで検索したり、デジタル文書を作成・共有したりしています。ここで興味深いのは、ノートパソコンの使用を生徒に強制していない点です。たとえば議論のメモを残すとき、生徒たちは自ら考えて、ノートパソコンを使うか紙のノートを使うか選択することになります。「ノートパソコンは手段のひとつにすぎない、と自分で気づけた生徒は伸びるのです。」と中原先生。このように順天学園は、ICT文具論(学習者中心型)を目指す方針でICT活用を行っています。

<ネイティブスピーカーとICTの併用>

反転授業の他にもう一つ、順天学園のICT活用の事例をご紹介しましょう。

写真は順天学園の英語授業のワンシーンです。日本語の教師とネイティブスピーカーの教師の二人で実施しており、授業中は日本語NG・・・つまりオールイングリッシュのスタイルになっています。使用しているICT機器は、先ほどと同じ電子黒板とオーディオプレーヤーです。オーディオプレーヤーは英語の音源を再生するためのものですが、例えばスピーキングのトレーニングであるシャドウイングの練習時には、オーディオプレーヤーではなくネイティブスピーカーの生の声で実施しています。オーディオプレーヤーでは決まった速度でしか音声を再生できないのに対し、ネイティブスピーカーであれば生徒の習熟度に応じて英語を読み上げる速度を早くしたり遅くしたりできるからです。このように順天学園では「ICTがあるから活用する」のではなく、「ICTを有効な手段のひとつ」として適材適所で活用しているのです。

<ICTの本質とは?未来へむけてRikenkanの建設>

最後に、順天学園校長の長塚篤夫先生、副校長の片倉敦先生、そして国際部長の中原晴彦先生にICTの本質と今後の取り組みについてお話を伺いました。「面白いことに(アクティブ・ラーニングにおいて)議論の中心になるのは、パソコンが使える生徒でした。アイディアを出せる生徒ではなく、(ICT機器を使って)アイディアを具現化できる生徒が、ディスカッションの主導権を握ることが多いのです」と話すのは片倉先生。21世紀型教育であるSGHの探求学習においても、ICT活用の果たす役割は非常に大きいことが伺えます。

もちろんICT活用には、導入する際に気をつけなければならない点もあります。「ICTによって学習の自由度が増えると言いながら、ある意味で自由度が減ってしまう面もあります」と中原先生。ICTを授業で使うことに執着してしまうと、期待とは反対に学習効果が落ちてしまうことがあります。大事なのは、「なぜICTを活用するのか」を考え続けることです。ICTはあくまでも選択肢のひとつ。「ICTを導入することで、結果的に紙に戻るかもしれません。それでも良いのです。」と中原先生。将来、生徒の選択肢のひとつに「ICTという手段」を加えてあげる教育こそが、21世紀の社会において求められているのです。

写真:来年7月に完成予定のRikenkan(理軒館)。ICTスペースのほかにも、サイエンスラボやラーニングコモンズによる協働的学習環境が整備されます。

 

ご存知の通りICTとは、Information and Communication Technologyの略称です。つまりICT活用とは、単にIT機器を活用することではなく、コミュニケーションツールとしてITを活用することなのです。「ICTとは先生が効率的に情報を伝えるためものではなく、本来双方向にコミュニケーションできる点がその本質なのです。」と長塚先生。「そのためには、生徒が一人一台ICT端末を持つだけでなく、それを活用していくための共有ワークスペースも必要だと考えています。そのための空間を王子キャンパスにて建設中の新施設Rikenkan(理軒館)に作る予定です。」Rikenkan(理軒館)は来年7月に完成予定とのこと。加速していく順天学園の取り組みに、今後もどうぞご期待ください。

 

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