来年度から、工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)は、グローバル教育、イノベーション教育のバージョンアップを図る。その準備が着々と進んでいるが、注目したいのは、どこまで教育活動の質と活力を高められるかは、すべての教育活動に共通する思考システムのでき如何であるとし、その思考システムの開発に取り組んでいるところである。
その思考システムの開発に大きな影響を与えている活動の一つに「環境工学」がある。この活動のリーダーの島田教頭の授業は、本サイトでもすでに掲載している。今回は、工学院の思考システムに影響を与えている教育環境である同校の図書館の意味について、司書教諭有山裕美子先生にお聴きした。(by 本間勇人:私立学校研究家)
都留文科大学のワークショップ
8月13日、工学院図書館で、都留文科大学の日向良和先生と学生が訪れ、学校図書館の機能や意義、司書教諭の役割についてリサーチするセッションが行われた。有山先生は、都留文科大学で司書教諭養成のための講座を担当しているため、教え子の学生に、学校図書館体験ワークショップを用意したのである。
一方、日向先生は、公共図書館のプロデュースを専門としているため、学校図書のプロデュースをしている有山先生とコラボして、図書館というメディアセンターの多層性や多機能の全貌を学生にファシリテートされていた。
おもしろかったのは、図書館のプロデュースのワークショップを通して、図書館機能を学ぶのみならず、そのプロデュースの方法が、学生のみなさんにとって、自分の将来、端的に言えば就活という人生のデザインをプロデュースする契機にもなっていたことである。
高い使命感が必ずしも、図書館を維持できないように、仕事も同じであると、予算獲得、経済への視点も大切であることについて、やりとりされていた。それは理想と現実のギャップを伝えることが目的ではなく、理想が現実化されるための思考システムの条件づくりが目的だったと思う。
その話は、学校図書館においても同様で、購入する書籍の数を増やすにも、施設の充実にも、予算をいかに獲得する説得材料をつくることが大事であるということを、学生の皆さんは、ワークショップで折に触れ気づかされていた。
司書教諭は未来のデータサイエンティスト
2025年までには、今の仕事の65%は消滅してしまうという話は、21世紀の教育や21世紀型スキルの話がされるときに、必ずといってよいほど話題になるが、そのときに、どんな仕事が必要とされているのかとなると、その1つに「データサイエンティスト」という仕事が挙げられる。
司書教諭の役割の1つに、図書情報のデータベース編集がある。図書を購入するにも排架するにも、選定という作業が必要だが、これはいかにして可能なのか。これは流れ作業のようにはできない。選定の基準を構築しなければならないのである。つまり「選定コード」である。
学校図書館では、公共図書館の共通コードと学校独自のローカルコードを組み合わせなければならない。図書館を利用する生徒や教師が、自分の探究に結びつくのみならず、世界の情報に結びついたり学校の学びにも結びついたりするグローカルな視点が最適化されるようにデータベースを編集するのである。
図書館には、データベースを編集するスペースは2箇所ある。1つは脳神経系の部分に相当する「図書事務室」。選定ツールを使い発注処理をし、本を受け入れる作業など、すべてパソコンによってデジタルデータベース化される。
もう1つは、センサー部分に相当する貸出返却のカウンター。本の貸出返却のデータを作ることは、利用者とのコミュニケーションをすることである。どの本がどのくらい貸し出されているか、返却までの時間がどれくらいかによって、在校生の学びのニーズや学びの質がわかってしまう。いわば、質的マーケティングの場である。それが本の選定排架の基準作りにも重要なデータになる。
カウンターでは、入館率や利用率もデータベース化している。いわゆる稼働率は、図書館のレゾンデートルの物質的側面でもある。
このようなデータベース編集のうち、センサー部分であるカウンターの仕事は、当然ながら図書委員も担う。図書委員は本好きであるがゆえに、図書館の仕事に携わっているわけであるが、本好きの仲間も増やしたいというモチベーションが高い。そこでいろいろな企画をする。企画には予算が伴う。それゆえ、このデータベース編集は、予算を通すための重要な説得材料になるのである。
実際、図書委員は、「学園創立125周年記念事業 学園夢企画活動」を企画し、実行した。予算をとって、自分たちのやりたいことをやるために、企画を立案し、プレゼンしたのである。見事に認められ、その成果発表で、表彰までされた。いわば起業に挑戦したのである。
企画の一環として作家の「はやみねかおる」さんを招き、講演会も開催。大好きな作家との交流による得難い体験もした。読む側の論理だけではなく、創作や編集の側からの視点を獲得するチャンスを生み出したのは、学校図書館の面目躍如の活動である。
起業とは必要以上の利潤を儲けるものではなく、かけがえのない価値を引き出すことである。もちろんそのためにはリーズナブルな予算や利益は必要である。まさに、工学院の学校図書館は、未来のデータサイエンティストを育成している。そして、その基礎としてのメディアリテラシーの学びの場である。