衝撃が自己決定に化学変化する 核心をつくる授業
思考力テストは、「サザエさんの家」と「ブロンディの家」を分析し、関係を図に表してみようからいきなりはじまった。受験生の衝撃は想像に難くない。
学校説明会で、未知の問題について考えるとは言われていたが、それにしても。
「サザエさん」は知っているけれど、「ブロンディ」ってなんだあ!
60年前の典型的な日本とアメリカの家を比較してといったって、僕は12歳だぞ。まだ生まれていないじゃん。
正解は1つではないとはわかっているけれど、手がかりがないじゃないかあ!あっ、そうそう手がかかり足がかり。
それは必ず提示するということだった。落ち着け落ち着け・・・という受験生諸君の心の声が伝ってきた。
工学院の学びは、サプライズから始まる。知っているはずのものが知らなかったという頭のフェイントから始まるのは、グローバル教育の学びの定石である。工学院の思考力テストは、21世紀型教育を標榜するだけあって、学びのセオリーも世界標準である。
アインシュタインのプレゼンも、ジョブスの“Think difference”も、ランディ・パウシュの“最後の授業”も、頭のフェイントが満載なのだ。
今回も、まずは、自分の関心がどこにあるのか見出し、それをテーマとする方法を学ぶプログラム。思考力テストには、問いがあるけれども、それは頭のフェイントで、実際には、生徒が自ら問いを立ち上げるための問いの問いである。
STEP1では、サザエさんの家とブロンディの家の絵を提示し、どちらが日本の家かアメリカの家なのか問う。そして、そのように自己判断した理由を問いかける。
しかし、言うまでもなく、どちらがどちらであるか正解はあるが、そこが重要な問題ではない。その理由が問題なのだ。その理由こそ、生徒が何に関心あるのか、自ら問うことになるのである。
ここでも「頭のフェイント」。ワクワクするようなそしてイノベーティブな思考が回転し始める瞬間だ。
STEP2では、自分の関心が定まったところで、本格的に比較検討する。STEP1では、絵を見て判断しただけだが、STEP2では、資料が提示され、そこから取り出した情報を比較の表に整理していく。いよいよ関心をもった状態で、情報を取り出し整理する。
STEP3では、さらにそれをベン図に置き換え、整理から分析にシフトする。ベン図は、整理から比較分析にシフトする思考の見える化になっている。
そして、ベン図によって、共通点、相違点が明らかとなった。描き方によっては、カテゴライズがされている子供もいるが、今回はそこまで書けていなくてもよい。生徒の中には、表からベン図に置き換える時に何かしら気づいている生徒もいたが。
萩原先生によると、思考力テスト作成の過程では、ベン図に書き込む際に、カテゴライズの作業も挿入していたが、今回はベン図という数学の集合的手法を活用することができればよいのではという話し合いになったという。たしかに、集合論にカテゴライズを入れていくと、論理階梯理論に突入し、それはIBでもハイレベル数学で扱うことである。今回はまずは入門で、入学後の本格的数学思考に興味を持ってもらえれば成功であろう。
STEP4では、その気づきを振り返る。建物はたんなる箱ではない。生活習慣や、家族の形態やそのときの歴史的文化的背景が、空間づくりに影響していることが見えてくる。ここまで見えてくれば、あとは自分の考えを言語化することができる。
だから、STEP5では、「家について、資料を見て考えたことや、日頃自分が考えていることを、100字程度でまとみましょう」となる。解説授業では、グループになって、自分の考えをプレゼンしていたが、おそるべし受験生。互いに発表する考え方にこそ本当の「サプライズ」があった。
家は自分や家族にとって幸せな場所として作られているということに気づいた。だから、環境にも気を配って、家づくりをしていくべきである。ただし、家の便利さに気をとられ過ぎても困る。自然の大切さも家のコンセプトとしてよいと思う。
STEP6では、さらに「昔の日本の家(サザエさんの家)と、今の家(あなたの家)をくらべてみて思うことは、どんなことですか」と、それまで資料に基づいて考えていたことを、自分の家と照合させる。60年間の歴史の違いを考えるコトになるから、ここにも「思考のフェイント」がある。そしてそのフェイントをうまくキャッチした受験生もたくさんいた。
今よりも昔の家の方が自然を楽しんでいたのでないかと思う。だから、便利さも大切にして、自然の大切さについてもう一度みつめなおすべきである。それが日本の文化だ。
ゆかのたたみやざしきがなくなり、フローリングが多くなり、アメリカに似てきたと思う。家のつくり方からも、日本の文化を考えることができる。
家という建物から、ここまで考えを飛ばすことができたというのは、画期的ではないだろうか。一番のサプライズは、受験生自身だろう。60分の中で、自分が成長する実感を抱けたのだから。
工学院の思考力テストと他のテストとの決定的違い
一般の入試問題の応用問題や公立の適性検査だと、絵や資料を見て、いきなり気づいたことを書きなさいとなる。つまりSTEP1からSTEP4が飛ばされてしまう。しかし、工学院の思考力テストは、そこを問いかける。思考のレディネスから始まっているのである。つまり、一般の試験で考える問題というのは、たしかに100字などの解答ができあがるから、その成績の蓄積はポートフォリオとなる。
しかし、工学院の場合は、その100字にいたる思考の過程もみるのだ。最終的にうまくいかなくても、どの過程まで考えるコトができるのかを重視する。ハーバード大学のハワード・ガードナー教授は、これをプロセス・フォリオという。この両者の違いこそが重要だ。
しかし、最後まで到達しなければ意味がないのではないかという疑問に対しては、有山先生は「だから、PBLですね。ヴィゴツキーの<憧れの最近接発達領域>に気づくことが大事です。自分がわからなくても仲間との対話の中で気づいていくという領域です」と語る。この最近接発達領域は、東大名誉教授の佐藤学氏も、学びの共同体において大切にしている学習理論。
さらに平方校長は、実は校長就任前にすでに何度も「思考力テスト」を実験してきている体験からいつもこう語っている。
「多くの受験生は、最後まで書いてきますが、どのSTEPが弱かったのかはわかります。その弱い部分が対話によって改善できるかどうか、その可能性がわかるわけです。出来たかどうかだけではなく、その可能性の大きさも評価できるのが思考力テストの画期的なところです」と。
さて、この思考力テストのSTEPを順に並べてみると驚くべきことがわかる。
STEP1:関心を探る
STEP2:情報を取り出す
STEP3:情報を整理分析する
STEP4:気づいたことをメモする
STEP5:資料に基づいたデーアと自分の気づきをマッチングさせて言語化する
STEP6:さらに発展的に自分の問題として再認識し、解決のための推論に活用していく
となっているわけだが、これはブルームのタキソノミーに重なる部分が多い。
レベル1:知識
レベル2:理解
レベル3:応用
レベル4:分析
レベル5:総合(メタ認知)
レベル6:評価(自己決定)
ブルームのタキソノミー自体、多くの人に改良されつつも、IB(国際バカロレア)やPISAの学びの評価作成に影響を与え続けている。
どうやら、工学院の思考力テストのSTEPの作成の仕方もまた、世界標準であると言えよう。
(2013.11.22第15回21会定例会で配布された資料から)
平方校長は、
「21世紀型教育とは、何よりもまず、学びの世界標準を多くの人と対話しながら作り続けること。次期学習指導要領を模索している国立教育政策研究所もベースにはマルザーノなどのブルームをさらに発展させているタキソノミーを参考にしているぐらいです。英語やICT、サイエンスという環境を創っていく際に、授業を組み立てたり、テストをデザインしたり、つまりシラバスをつくるときの基準が世界標準でなければ、元の木阿弥なのです」と。
21世紀型教育とは、こんなにもアカデミックで深淵なものだったのである。