聖学院のPBL型授業の特徴は多様な要素、多角的な切り口で語ることができますが、なんといいても「マインドセット」と「信頼」がキーコンセプトなのかもしれません。マインドセットとは、毎時間の授業で行うのです。よく自己肯定感が高いとか低いとか話題になりますが、それはほとんど内面の状況の話で、成績が高いから自己肯定感が高いとか、内向的だから自己肯定感が低いというコトはありません。
ほとんどが、人と人との関係が開かれるか閉じられるかで、自己肯定感の高い低いが決まっていると思います。したがって、自己肯定感の高い低いは、一期一会ではないですが、人と出会う瞬間瞬間にあがるかさがるか激しいのです。特に思春期の時にはそうでしょう。一日の学園生活のなかで、毎時間の授業で出会う教師や仲間とのやりとりで、一喜一憂するものです。
ですから、聖学院では、毎時間の授業で、教師は互いに心を開示できるマインドセットをしていきます。
数学の佐藤先生の授業はPIL型授業です。生徒と生徒の対話の機会を設け、そこで生徒がどこで躓くのか、どんな新たな発想で解決するのかを見守りながら、それを講義の中でシェアしていきます。生徒たちは、このPIという対話を大切にしています。「数学のおもしろさは、多様な視点の発見。対話すると、自分とは違う発想を知ることができて、毎時間驚くのがいいですよ」と語ってくれます。
ここに、マインドセットと信頼関係が在るコトが了解できます。信頼関係は、教師と生徒の信頼と生徒と生徒の信頼がクロスしています。
美術の伊藤先生は、教師であると同時にアーティストです。生徒が何か世界に向き合って、それが何か表現していく時間と空間を創ります。この時空は、物理的なリニアーな時間ではなく、豊かな円環的で内的な世界です。生徒1人ひとりの内面に、物理的な時間を超えた世界が広がっていきます。この時空を共有できるマインドセットと信頼関係は、日常生活では得難いものです。
内田先生は、思考力入試では、レゴを活用して思考過程を創造物に仕立てていくプログラムを紡ぎ出す中心人物です。技術の時間で、レゴマインドストームを活用してプログラミングをすることもあります。他校の先生方とのワークショップでスーパーバイザーとして活躍をするときもあります。
しかし、見学しに行ったときは、木の椅子を制作している最中でした。レゴを触りながら創造的思考を養うプログラム同様、マテリアルがレゴではなく木になっただけですが、自然そのものと触れ合っているそのシーンは、また格別です。
伊藤先生の美術の時間もそうでしたが、内田先生の授業も、木という素材から、自分の世界と自然の質感をスクランブルさせて、ものを創っていく過程は、自然と社会と精神の好循環を生み出す泉として、身体に湧き出るようになるのかもしれません。美術や技術におけるこの自然という素材を通して自分を開示していく体験は、他の授業では直接経験することはできないでしょう。
それにしても、今回のシリーズで掲載した写真を通して、どの先生方の眼差しにも共通した質感があるのが了解できるのではないでしょうか。この眼差しこそマインドセットと信頼を生む泉なのです。
この泉が、デカルトではないですが、目に見えないエーテルとなって生徒の心を満たすのではないでしょうか。先生方の眼差しとシンクロするように生徒の眼差しも輝いています。
生徒が、自分の世界に没入しているのも、先生方の柔らかい眼差しに包まれているからです。この没入を、学習理論では、フロー状態と言いますが、先生方は児浦先生が主宰する学びのデザイン勉強会で、きちんと研究しています。ですから、先生方が意識して、この柔らかい雰囲気をつくろうとしているのです。この先生方の一体感あってこその眼差しです。他の学校ではなかなかないというのが、日本の教育現場の課題ですが、聖学院はそこを一丸となって解決しているのです。
こうして写真を通して、生徒の様子をみていくと、毎時間、内的な世界を広げ、そこに向かって真剣にのめりこんでいるのがわかります。その向こうに世界が広がります。決して閉じられているのではありません。PBLというのは、自分と世界の接点を見出す授業のなのかもしれません。その接点は、生徒1人ひとり違います。まさにオンリ・ワン・フォー・アザーズです。これが、プロジェクトの真理であり、その真理が生徒の才能を自由にする聖学院のプロジェクト型授業(PIL×PBL)なのかもしれません。