かえつ有明 石川副校長の勝利の方程式(3)

プロデュースからプロジェクトへ

――ソフトパワーの強化というのは、学校の発想としては興味深いお話ですね。学校教育の内容については、なんだかんだと言っても学習指導要領に規定されているわけですから、さらにソフトパワーを注ぐという発想にはなりにくいと思うのですが、どう理解すればよいのでしょうか?

石川先生:学習指導要領に規定されているという意味をとらえ返すということです。ソフトパワーへシフトというのは、学習指導要領の規定を突破するということではないのです。学習指導要領は、ある意味覚えなければならない知識は充実していて、その配列がきちんと整理されています。

ですから、それ以上何か教え込もうなどという意味での教育の内容を充実、いや詰め込もうとする考えはないのです。水と酸素のそれぞれの分子が化合すると全く別の水という物質ができます。このケミストリーを生むことをソフトパワーと理解しています。

そして、このケミストリーは、いくら教員が仲間内で生み出しても意味はないのです。生徒自身がケミストリーを生み出さなければ。当たり前のようで、意外と学校の仲間や教育関係者、教育行政関係者と話していても、この話題にはならないのですね。

私は、思考力テストの対策講座と卒業生と話しているうちにそのことを強く感じています。対策講座は、本当に受験生たちが真剣に正解が一つでないことについて、考えて考えて考え抜きます。その様子を見ていて、今ここで、この子たちの頭の中で生まれている渦が、6年間で、どのくらい大きなトルネードになるのかわくわくします。

そして今年でかえつ有明を巣立つ卒業生は3期目になりますが、たしかに6年前のあの受験生が、こんなにも大きくなったのかという実感をもっています。昨年はやくも早稲田大学の国際教養学部のAO入試で合格した中川さんと話していたら、なんと大きなケミストリーが起きていることかと感銘を受けました。

中川さんは、サイエンス科のような授業を受けながら、哲学や宗教、第三コミュニティについて興味を持ったというのです。そして自己アピールのエッセイにもその想いを訴えたというのです。哲学、宗教、第三コミュニティという世界の大問題に挑戦するようなものの見方をどうしてもっているのか尋ねてみると、
 
哲学のおもしろさは、普段あたりまえだ、常識だと考えているようなことを、様々な方法で解析し、新たな見方で見られるようにしてくれるところにあると私は考えます。マイケル・サンデル氏の正義についてや、ケリー・マクゴニガル氏の意志力についてのお話も、わたしたちが普段、“当たり前のこと”としてとらえているものを少し別の見方で、内容を掘り下げているだけなのです。物事を多面的見られたり、感じとったりすることができるようになれば、生活を豊かにすると思うし、視野が広がってもっと周りを思いやれるようになると思います。だから 私は哲学というものに魅力を感じました。
 
と、まさにサイエンス科で、予定調和ではなく、もっと創造的でリスクテークできる柔軟で多角的な視点を育てたいという想いが伝わっているのに驚きました。そして、
 
宗教においては、宗教そのものよりも、宗教の持つ力というものに興味を持ちました。大多数の日本人は、誰が何を信仰しているか、どこに参拝に行くかなど特別意識していません。かくいう私もどうしても困ったときに神頼みする以外は、神のことについて考えないですしね。でも、アメリカでは学校でも、家でも“God”という単語を聞かない日はありませんでした。ホストファミリーがキリスト教信者だったので、毎週日曜日には教会へ行きました。
 
最初、行く前までは、神父さんが聖書について語るのを黙って聞いているだけだろうと思っていたのですが、実際は歌を歌ったり、教会主催イベントの企画の話をしたりなど、楽しく盛り上がるものでした。実際に 参加して何よりも素晴らしいと感じたのは、そこに集まる信者さんたちの一体感でした。
 
日曜日まで、今までコミュニケーションをとったことのない人でも、自然と打ち解けられる、そんな雰囲気をもつ教会、宗教の力に感動しました。宗教はシリアやアフリカ、トルコなどの問題で、悪いものという印象をもつ人も多いですが、人と人をつなげる力を持っています。大学で学んでいく中で、その神秘についてもう少し詳しく理解していけたらなと思っています。
 
サイエンス科と国際教養のプログラムが影響しているのは明かですが、その影響が、人の心を動かす、社会を動かすその謎を解明したいという自分で課題設定ができているところにあると気づいた時は、わが意を得たりという心境になりました。
 
つまり、私たちは、生徒が自ら考える過程を自分で歩めるように教え込むのではなく、プロデュースしてきました。しかし、卒業生は、その思考法を活用して、自ら挑戦する価値ある課題設定をし、それに挑むべく進路を選び、立ち臨んでいけるように成長しています。思考力テストの対策講座で生まれた小さな渦が、こんなに大きなトルネードになっているのです。
 
――その成長の軌跡を目の前で見てきたわけですね。ある意味成長のモデルを先生方は共有しているということでしょうか?
 
石川先生:その通りです。私たちは今ままで、思考のフォームやモデルをプロデュースしてきました。しかし、どういうロールモデルが本校の生徒像なのか、モデルにまでは至っていなかったと思います。もちろん、抽象的にはいろいろあったわけですが、人の心や社会を動かす具体的な生徒のロールモデルはイメージできなかった。
 
おそらく他の学校でもそうでしょう。20世紀型教育における生徒のロールモデルは、文武両道で東大に入れるロジカルな学力を持った生徒像が本音だったのではないですかね。そうすれば将来の生活は保障されるという予定調和的な生徒像だったのだと思います。
 
ところが、解なき社会にあって、そのような予定調和の有効性がくずれていく今の社会にあって、新しい生徒のモデルはなかなかイメージできなかった。だから、そういう生徒が生まれてくれる環境をプロデュースしてきた。
 
それが、やっとケミストリーが起きて立ち上がってきた。プロデュースの次のステージがはっきりみえたわけです。社会を動かす力を生み出す学びの環境とは何か。それは自ら課題設定し、その課題を解くために社会を動かす働きかけをする「プロジェクト」を生み出すことです。
 
私たちは、プロデュースだけの6年間の教育を行ってきました。いよいよ今度は、まずは生徒いっしょにプロジェクトを作ります。もちろん、最終的には、生徒は自らプロジェクトを立ち上げ、仲間を社会を巻き込み、動かしていくことになるでしょう。
 
そしてこのプロジェクトを立ち上げるのに必要な最強のアイテムはソフトパワーのはずです。
 
ソフトパワーこそ、自然と経済と人間の精神を好循環させる能力です。私たちも生徒たちもシェアしなければならない根源的な能力だと確信するにいたりました。
 
――ということは、勝利の方程式自体が変わるということですか?
 
石川先生:変わるというよりトランスフォームするというイメージです。y=f(x)g(x)は変わらないけれど、それにp(x)が加わって、y=f(x)g(x)p(x)となるということだと思っています(笑)。
 

 

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