2016新春 私学人鼎談 転換期を乗り越える力(1)

2015年11月26日(木)、共立女子校長室において、100年以上の歴史ある私学の教育者が集結。その21世紀私学人とは、女子校共立女子の児島博之校長、男子校聖学院の清水広幸副校長、共学別学校かえつ有明の石川一郎校長。

3人の先生方は、幾つもの戦争、様々な教育行政の制度変更を乗り越えてきた私学の先達の知恵を継承して、今再び未来の100年を画する大転換期を乗り越える力について熱く語り合いました。今回、司会は、共立女子前校長・21会顧問の渡辺眞人先生にお願いしました。(by 本間勇人 私立学校研究家)

(左から児島先生、清水先生、石川先生、渡辺先生)

§1 2020年大転換期を乗り越える準備

渡辺先生:今日は、奇しくも100年以上の歴史ある女子校、男子校、共学校の皆さまが集まりました。20世紀という時代を丸ごと乗り越え、今再び21世紀という大きな未来社会をデザインする転換期、教育のパラダイムチェンジの時を迎え、時代を超える建学の精神を基盤として、新しい教育のカタチに格闘されています。

今日は、その教育のカタチとカタチを生み出す力について語り合いましょう。早速ですが、100年の歴史の中で転換を果たしたシーンは幾つもあったでしょうが、2020年大学入試改革に象徴されるように、大転換期に備えはじめたのはいつごろですか。

児島先生:準備というより予感がしたのは、これは、皆さまも同じだと思いますが、1989年のベルリンの壁の崩壊ですね。ここから国際政治経済が大きく変わり、インターナショナリゼーションからグローバリゼーションの動きが出てきたのは、御承知の通りです。言うまでもなく、89年が突然起こったのではなく、すでにその前からその流れはありました。教育もすでに臨教審は、「教育の自由化」「個性の尊重・育成」という発想の転換をしていました。

渡辺先生:つまり、2020年大学入試改革は、実際には臨教審の第一部会「「二十一世紀を展望した教育の在り方」という名称にあるとおり、そのあたりからの流れにあるということですね。

清水先生:私たちもオール聖学院会議などで、臨教審の理念や発想、具体的な提案については、議論をしていました。その中で、大きな物語を喪失した個人主義化、新自由主義的な方向に道を開くような危うさを感じ、聖学院としてはあくまで「オンリーワン・フォー・アザーズ」という建学の精神を追究しながら、一方で時代の精神が求める人間が幸せに生きる社会に寄与できる教育を新たに創っていこうとしてきました。

渡辺先生・まさに不易流行ですね。大転換の時期というのは、光と影が交錯しますから、光を見失わないように、影に覆われないように、時代の精神の声に耳を傾けることは重要で、それを私学人は真摯に行い、不易流行によって希望の光を放ち続けています。

石川先生:そして、その影の部分は、すぐに日本を襲いました。ベルリンのン壁が崩壊してすぐにバブル崩壊。経済の空白の20年が始まりました。しかし、世界は1995年にIT革命が起きたり、脳科学の時代がやってきて、MITメディアラボが、読み・書き・算盤(3R)から探究・議論・表現(3X)を標榜して、今日の21世紀型スキルを牽引することになったのは、印象的でした。

児島先生:ベルリンの壁が崩壊して10年たった時、その経済不況の波は私学にも及んできましたね。幸い生徒募集に関してはなんとか持っていますが、グローバリゼーションの動きに対応できる教育を求める家庭の要望に応えるべく、帰国生入試も始めるなど、共立女子もいかに新しい教育のカタチをつくるのか議論が続きました。

清水先生:そうでしたね。グローバリゼーションの波は私学では共学の波を生み出しましたから、男子校全体の停滞が始まりました。男子校の仲間と「男子校」の意義を打ち出したのは、そのころでした。

石川先生:共学の波は、東京では、男子校よりも数が多い女子校にはダメージが大きかった。二極化が完全に進み、トラディッショナルなことをやっていたのでは、生徒のニーズを受け止めることができないと、多くの女子校が実感していました。伝統的な教育のプロセスを改善するぐらいの改革では、まったく見向きもされないという女子校冬の時代の到来ですね。

渡辺先生:女子校冬の時代は、今も続いていますね。そして、男子と違って、女性の社会進出の機運がやっと浸透してきたというか、少子高齢化と不況を救う道が、女性の労働力にかかってきたということもあり、大学合格実績が出ている女子校には人が集まり、そうでないところは本当に生徒が集まらない時代になりました。

児島先生:しかし、その大学合格実績という指標は、グローバリゼーションは、よくもわるくも、世界標準化してしまいますから、盤石ではないという時代の精神の声も聴こえてきました。幸い共立女子は、生徒が集まっていますから、生徒が集まっている体力があるうちに、石川先生のおっしゃるように、現状の教育の質を改善するにとどまらず、カタチそのものを改革することをやってのけたのが、10年前です。

東京に公立中高一貫校が誕生したのもこの時期です。今ほど公立中高一貫校が中学受験市場で注目されている時代ではありませんでしたが、1997年あたりから、公立の校長が集まって私立中高一貫校の成果をモデルに中高一貫校のカタチをつくることを模索していましたから、もはや子どもの成長のための教育は、完全に中高一貫の6年間が必要な時代だと改めて認識しました。

10年前に、高校から順次、新校舎に移り、そのときに中高の教員100人強が入れる職員室もつくりました。これが意味するのは、カリキュラムポリシーを完全中高一貫校という新しい教育のカタチにするということです。

清水先生:グローバリゼーションにチャレンジする家庭の師弟は確かに増えました。従来も海外で仕事をする家庭の師弟はいましたが、グローバリゼーションは、BRICsの著しい発展を促進しましたから、それに伴い、海外での仕事が大きく変わりましたね。国を背負った日本企業というよりグローバルシチズンとしての企業という色合いが濃くなりましたし、なんといっても今でいうICTやインターネットの普及は加速していましたから、大学受験勉強のための英語力ではなく、世界で使える英語力を求められるようになりました。

ですから、共立女子と同様、ちょうど10年前に、聖学院でも帰国生入試や英語体験者を受け入れる入試をスタートしました。それから、6年前から完全中高一貫校にし、アドバンスドクラスも開設しました。

10年前から行った改革は、英語教育の聖学院というイメージをもっていただいたために、グローバルシチズンとして世界標準の基準で学校を選択する家庭が少しずつ増えました。そのような家庭では、大学合格実績や偏差値も参考にしますが、何よりグローバルな教育の環境を優先するということがわかりました。グローバルな世界では、企業でも大学でもかならず“Who are you?”に応えられなければなりません。

自分はどんな価値観を有し、何ができ、それが世界にどんな貢献を果たすのか。ある意味成長の柱だと思いますが、それが育成できるかどうかで聖学院を選んでくれるようになってきています。すると、偏差値の高い生徒も第一志望で選択してくるようになり、入学時の学力の幅が急に広くなったのです。学力も多様性の1つの表れであると考え、その受け入れ態勢を整えたのです。

石川先生:私のところも10年前に、今の豊洲の地に移転し、校名変更、共学別学化、カリキュラムポリシーの刷新を断行しました。児島先生もおっしゃっていたように、女子校は冬の時代で、余裕があればカリキュラムポリシーの質的改善で乗り切れたでしょうが、市ヶ谷に学園を構えていたときは、完全に凍てついていましたから、建学の精神という土台の上に、ガラリと新しい教育のカタチを建てなくてはなりませんでした。アドミッションポリシーでは、帰国生入試を開始しました。カリキュラムポリシーでは、「サイエンス科」という今でいうアクティブラーニングを開発し、「思考力・判断力・表現力」を育成するプログラムを創りました。私たちは、それをクリティカルシンキングと呼んでいるのですが。

渡辺先生:やはり100年以上の歴史を駆け抜けてきただけのことはありますね。しかも、時代のそれぞれの転換点は、同じ社会現象の中にあったわけですから、方法論は違っても、そのときそのとき時代の精神は共有していたというか同じ呼吸をしていたことがわかり、とても興味深いですね。

そして、だからこそ、その10年前から行った新しい教育のカタチのデザインはある程度成功して、今日を迎え、2011年から共に21会メンバーとしてさらに強力な新しい教育のカタチをつくるべく協働しているというのも、まさに時代の大転換期の精神の反映のような気がします。しかも偶然というよりは、歴史的必然の出会いとでも言いましょうか、そんなことを感じました。

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