和洋九段女子中学校・和洋九段女子高等学校(以降「和洋九段女子」と表記)は、21世紀型教育本格実施2年目で、はやくも新機軸を構想することになりました。この新機軸の発見は、準備期間も入れて3年間のPBLへの挑戦の成果でもあると中込校長先生は語ります。
同校の大きな特徴は、中学1年から高校1年生まで、生徒1人1台タブレットを活用するPBL(Problem based Learning)型授業が、すべてのクラスで実施されていることです。2020年には、全学年がこの環境になります。このような環境を教師一丸となって取り組んできたことにより、新機軸は、PBLのトリガークエスチョンを変えるアイデアだけで、飛躍的な学びのパワーを生み出すことになります。
もっとも、このトリガークエスチョンのアップデートこそが新たな難関であることは間違いないのですが、先生方はある大きな覚悟をもってその難関に挑んでいきます。
by 本間勇人 私立学校研究家
新井教頭先生は、「先生方は、個々に創意工夫をしてPBL型授業をデザインし、運営していきます。しかし、メタルーブリックが共有されていることと、ある一定水準のPBL型授業のフローチャートが標準搭載されていますから、生徒も学び方の型を体得できます。
私たちがトリガークエスチョンと呼んでいる正解が1つではない問題を考えることは、どの教科のPBL型授業でも行いますから、暗記をして要領よく勉強を終えてしまおうという生徒は一人もいません。苦行としての勉強から、好奇心旺盛に学ぶことの楽しさを体験していると思います」と。
また、「プレゼンテーションも、すべての授業で展開しています。PBL型授業を始めた当初は、恥ずかしいけれど、授業だからしかたがないから発表するという雰囲気もありました。しかし、今ではそれはありません。主体的・対話的な深い学びが、新学習指導要領で話題になっていますが、本校では、そのプロトタイプはすでにできていると、先生方も自信を持ち始めているところです」とも語ってくれました。
「そうなんですね。本当にここまで先生方がPBL型授業に挑戦してくれたおかげで、PBL型授業で、生徒がどのように成長していくかが日々実感できます。たしかに、プレゼンテーションの姿勢や声の抑揚や表情の豊かさ、タブレットの編集の仕方などは、学年があがるに連れて成長します。
やはり、好奇心をもって探究する蓄積が増えると、アウトプットしたい意欲がわいてくるし、理解してもらいたいと、伝えるだけではなく伝わるにはどうしたらよいか試行錯誤するようになっています」と中込校長先生は目を細めて説明してくれました。
PBL型授業の醍醐味は、好奇心が沸き上がること、互いに話し合う開放的精神の醸成、なぜだろうという問いを生み出すGrowth Mindsetが生成される学びのシステムだということなのです。このようなマインドセットが土台となれば、基礎学力は大いに伸びるという確信を先生方は抱いています。
そして、その確信や実感を共感共有しているだけではなく、上記の図のように、そのシステムを言語化・図式化して、学内で理論化するところまでカリキュラムマネージメントは進化しているのです。このように表現されるわけですから、PBL型の授業方法の標準搭載が教師に内在化され、PBL型学びの方法が生徒には標準搭載されるようになっているのです。
和洋九段女子のPBL型授業は、いきなりトリガークエスチョンを投げるわけではありません。反転授業やレクチャーアクティビティによって、トリガークエスチョンを取り巻く環境や歴史などの情報は提供されます。ですから、情報を取り出したり、整理したり、まとめたりする基礎学力もそこで十分学ぶことになります。
そのうえで、個人で考えたり、ペアワーク、ディスカッションをしていきます。その中で既存の情報や知識を活用しながら、さらに深堀していきます。知識の定着は、その過程で十分行われます。しかし、和洋九段女子の生徒も教師も、そこで満足しなくなっています。知識と知識が新しい知識を生み出すケミストリーが起こる瞬間を何度も体験しているからです。
このときの知的ワクワク感は、なんともいえない感動です。感動する授業の展開が満ちているのが和洋九段女子といっても過言ではありません。
そのような段階にきた和洋九段女子の様子をみていて、中込校長はハタと気づいたというのです。このPBL型授業は、グローバル教育や社会科など文科系には大いに力を発揮しているが、サイエンス系の授業はもっとパワフルにできるのではないかというのです。
女子校であるから、グローバル教育や文科系教科の授業が中心だと思われるかもしれないが、2030年までに達成する予定のSGDsにもあるように、ジェンダーの壁を超えるには、サイエンス・マスの領域でも、もっとパワフルなPBL型授業にしたいと思ったというのです。
もちろん、今のままでも、実験や論理的思考が養われているから問題はないのですが、AI社会にすぐに役立つオーセンティックなサイエンス・マスのPBL型授業は考えないわけにはいかないということです。
中込先生は、化学の教科書も執筆していますから、はやくも2030年の次期学習指導要領を考慮した化学の教科書の在り方についてミーティングする機会があるそうです。その機会で、この新しいサイエンス系のPBL型授業を提案したそうです。そして、いよいよ和洋九段女子の高校生のPBL授業は新たな段階にバージョンアップできるのではないかと確信したということです。
今までのサイエンス系の実験は、すでに結果がわかる実験の追体験でした。これは予定調和で、行為としてはPBLのように学びますが、正解が1つではないトリガークエスチョンを思考錯誤しているとはいえません。そこで、たとえば、金属イオンの同定実験で、はじめに提供する試料のための試薬を、教科書で定められたものとは違うものを生徒自身が選択してつくるところからはじめました。
今までの教科書に合わせると、すでに金属イオンの系統分析のアルゴリズムは決まっていて、実験をしなくても暗記すればそれでよかったのです。ところが、100通り以上もある選択肢から、自ら選んで、沈殿を生成して金属イオンを同定していく新しい実験は、そもそも想定していた沈殿物とはまったく違うものが生まれたりして、同定するのに試行錯誤を繰り返すことになります。
微妙な条件によって変わりますから、結果がどうなるかは教師も生徒もわからないのです。実際に挑戦してみて、教師も生徒もスリリングな思考過程に没入していくことがわかりました。
中込校長は、「これは大きな発見でした。この2年間積み上げてきたPBLがあったからできたのですが、同時に今までのPBLで投げかけていたトリガークエスチョンは、教師はある程度解答を想定できていた。予定調和ではないけれど、ある範囲の中で生徒が問題解決してくることがわかっていました。
しかし、今回のは、ハードルがあがりました。教師にとっても生徒にとっても想定外の結果が出てくるのです。これはトリガ―クエスチョンというより、ブラックボックスそのもので、エニグマクエスチョンと呼んだほうが適切かもしれません。
完全に教師と生徒がフラットな関係で学ぶことになります。これこそサイエンスの醍醐味です。サイエンスに権威はいらないのです。客観的な科学的思考に権威は壁にしかならないでしょう。これこそ、STEAM教育の醍醐味だと思います」と目をキラキラさせて説明してくれました。
(Raspberry Pi 3 Model B+)
しかし、新機軸はこれだけではなかったのです。2040年、今の小学校6年生が34歳になり、いろいろな組織で中堅のリーダーになっていると思いますが、そのときAI社会に直面しています。コンピュータの高度技術は、男女関係なく必須です。イギリス、カナダ、香港、シンガポール、上海、インド、韓国などでは、コンピュータサイエンスにおいて、すでに、論理的思考習得段階にとどまらず、プログラミングやアプリ作成など、実践的技術を身につける段階に進んでいます。
日本はだいぶ遅れをとっていますから、和洋九段女子は先見性を発揮して進もうというのです。現状のPBL型授業ではコンピュータを使う側ですが、今回の新機軸では、創る側にもなろうというのです。これこそSTEAM教育の眼目ではないかと中込校長先生は言います。
Raspberry Piというマイクロコンピュータを使って、コンピュータのシステムを学び、様々なデバイスをつなぎ、パソコン、スマートフォン、オーディオ、ゲーム、アプリなど創意工夫次第でなんでも創っていくっことができます。IoTも可能です。一般には、コンピュータそれ自体は既成のものを活用しますが、和洋九段女子は、そのシステムを分析するところからはじめ、多様なデバイスと統合し、イノベーションを創発していくプロセスを体験していくのです。
このRaspberry Pi自体は、5000円前後で手に入れることができるので、タブレット同様、1人1台いや1人1枚活用して学んでいくということです。一般にSTEAM教育というと大学の先生や企業のスタッフなどと連携するのが常套手段ですが、和洋九段女子はトリガークエスチョンからコンピュータサイエンスのプログラムまで自前でできてしまいます。
これは、学校全体でPBL型授業開発に挑んできた大きな成果なのです。女子校として、ここまでグローバル教育、PBL型授業、STEAM教育を極めているところは少ないでしょう。新しい女子校の誕生です。