八雲学園 感性教育「合唱コンクール」(2)

一般に、合唱コンクールは、音楽活動であり、音楽科の指導の下に行われるが、八雲学園の合唱の活動は、そうではない。同学園の中心的な感性教育の実践の場である。

専門的な音と人間の関わりにおいて音楽家の先生に指導を仰ぎながら、歌詞の言葉の力のもつコミュニケーション力、チームを紡ぐ力、ネットワークを結ぶ力、深い悩みとそれを乗り越える人間力、小さなものの背景に大きな感動を捉える力、それらすべての積み上げが生み出す世界観をつくる力において、八雲学園の教師と生徒による総力戦なのである。

音楽を紡ぐイベントであり、音楽を通して学びの組織をつくるプロジェクトマネジメントの力を教師も生徒も学ぶ最強の磁場でもある。

八雲学園の合唱コンクールのプログラムのおもしろいところは、開会の言葉は校長から始まらずに、校長は中学部が終わったタイミングで挨拶を行うというシナリオ。そして高校の部すべてが終了してから、もう一度校長は表彰式のタイミングで登場する。

このシナリオそのものは実は重要な学びのプログラムになっている。学びの基礎は、生徒自身が自信をもち、立ち臨む勇気をもち、情熱的に難関を乗り越えることに集中することだ。だから、開会の言葉は生徒が自ら話すのである。そしてそれによって、すぐに彼女たちの眼差しは合唱コンクールに集中する状態に切り替わるのである。

こういうと、生徒の主体性を重んじるということになるのであるが、近藤校長はそうは考えていない。これだけ練習をして積み上げてきたのだから、生徒を信じるという気持ちがそうさせる。主体性ではなく、信頼性であると。しかし、学校は教育の場である。無責任に主体性という名のもとに自由に今日一日楽しい体験をしてほしいと単純には思はないと。もちろん楽しいことは最重要である。

しかし、楽しむにも、楽しむ構えがあるのである。その構えを形作るのは、生徒1人ひとりができるものではない。そこには学びが必要だ。自己流では、伸びない、構えの基礎は教師の助けが必要なのだ。合唱コンクールもその学びの場の1つであると。だから、教師はサポーターであると同時に良きメンターでなければならないのだと。

だから、中学部の合唱に挑戦している姿とそれを真剣に聴いている生徒の姿を一部始終見ていて、そこで気づいたことを投げかけた。一般に、開会冒頭で挨拶する場合、まだ生徒の果敢な姿を見ていないのだから、一般的なメッセージになりがちだ。それだと生徒の心を揺さぶることはできない。メッセージを刻印することはできない。教師が生徒の今ここの瞬間の問題点を汲み取り、適切にアドバイスするから生徒の心は揺さぶられ、感動が巻き起こるのである。

21世紀型の学びの組織では、このいまここで生徒自身がハッと気づいたことは、次のステージに進むことができるというヴィゴツキーの「最近接発達領域」を非常に重視しているが、近藤校長自ら、生徒の「最近接発達領域」を見出し、生徒と共有し、アドバイスする。学校教育において、校長は経営者の役割だけ演じていればよいというものではない。教師の中の教師でなければならない。そう語っているようにみえた。

近藤校長は、中学生でありながら合唱の技術が高いことをほめたたえた。そして、それが歌詞のメッセージを伝え、大切な心を共有できる合唱コンクールの意義を語った。特に、中3の自由曲「虹色の鐘」を例に挙げた。

「人は誰でも心の奥に ひとつの鐘を持っている ひとつの鐘を持っている ほんのちいさなあいさつに ほんのちいさなできごとに かくれている幸せありがとう ごめんなさい なんでもないひとことが 言えないときがある・・・」という歌詞のメッセージに、八雲学園のウェルカムの精神を読み取ったと。

言葉を大切にすることは、このような素直な感性を大切にすることでもあると確認した。つまり、近藤校長のメッセージは、いまここの瞬間から八雲学園のビジョンを共有するチャンスにもなっていたのである。

さらに、聴いている側の生徒の様子も称えた。チームワークは、クラスの合唱だけではなく、八雲学園全体としてのチームワークがポイントなのである。お互いに受け入れ合い、尊重するというのであれば、自分のクラス、学年以外の挑戦も見守り、メッセージを受け入れる必要がある。

実行委員だけが行事を創るのではない。参加者全員が、それぞれの場面でそれぞれの役割を真剣に果たしていくことの重要性を近藤校長は語った。

そして、今年5月末にエール大学の学生との音楽交流について語った。この交流コンサートには、八雲学園の生徒全員が参加しているから、今自分たちが行っている合唱コンクールが、グローバルな舞台につながっているとシンクロしやすい効果がある。他校にはない合唱を通してグローバルに成長するメンタルモデルが、八雲学園にはあるのだよという語りは、今この瞬間だからこそ生徒の心は揺さぶられた。

しかし、そのメッセージを最も心に受けとめたのは、高3だっただろう。これから最後の合唱コンクールに挑むけれど、それはエール大学の学生と同じような道に進むことになる始まりの扉を開くことになるのだと。

だから、近藤校長は、中学生と午後始まる高校生の合唱を深く受けとめることを確認し合った。八雲学園のこのメンタルモデルの共有こそ、生徒の魂が揺さぶられ、意欲が燃え上がる理由なのであり、その道を歩んでいる実感が渦のように楽しさを生み出すのである。

Twitter icon
Facebook icon