Created on 5月 19, 2017
順天で高2生のサイエンスクラスのポスターセッションが行われるというので取材に行ってきました。順天は、スーパーグローバルハイスクール(SGH)としての研究活動や、イングリッシュクラス(Eクラス)での4技能重視の英語授業など、グローバル教育の面がよく話題になりますが、もともと和算の大家としてその名を馳せている福田理軒によって創立された順天堂塾にそのルーツがあります。理軒と言えば、黒船来航時にその大きさを測量する技術を紹介したり、西洋の筆算を日本に広めるなど、江戸時代から数学の理論を実践に応用していた人物ですが、この理軒の進取の精神に則った探究型理数教育のミームが順天には確実に受け継がれています。 by 鈴木裕之:海外帰国生教育研究家
ポスターセッションの会場に入って最初に目に飛び込んできたのが、「Item Response Theory」と書かれたタイトルのポスターです。
思わず近くに寄って、本当にそう書いてあるのかどうか確かめに行ってしまいました。というのも、「IRT(項目反応理論)」というのは、テストの妥当性や信頼性を考えるためのツールで、このような理論をなぜ高校生が探究するのだろうかということが最初私の頭の中でうまく結びつかなかったからです。
彼らがその理由を英語で解説しているのを見ていて納得するのと同時に大きな衝撃を受けました。メモもなく英文の暗記でもなく、IRTの説明を専門用語を交えながら他国の人に分かるように行っているという英語力もさることながら、本当に驚いたのはそのクリティカルな視点です。
日本の高校にある「赤点」という制度の解説から入り、その基準が平均点や標準偏差とは関係なく決められていることに疑問を持ち、IRTというテスト科学の存在を知ったというのです。
目の前で説明を聞いているのは、中央アジアや東南アジアの同じ高校生たち。おそらく赤点という仕組みも馴染みがなかったのではないかと思いますが、テストの妥当性を検証するという題材を選んで探究している日本の高校生を興味深そうに見ながら、説明を聞いていました。
説明の後、プレゼンターの二人に取材をしてみると、リサーチをしていく中でIRTの存在について教えてくれたのは数学の先生だったということです。
生徒の興味と「問い」を活かし、適宜メンターとしてのアドバイスを行うという、探究をベースにした対話が繰り広げられているのだと、改めて順天の先生方の質の高さを見せつけられる思いでした。海外でIBディプロマを履修する高校生は、「Extended Essay」という研究論文を書くことになっていて、テーマ選びから執筆の際の注意まで担当教科の先生がアドバイスを行いますが、これと同様の探究対話が順天では伝統的に根付いているのです。
片倉副校長先生は、大人数を前にしたプレゼンテーションとの違いに触れながら、ポスターセッションの醍醐味は、プレゼンターとオーディエンスの対話が起きる点にこそあると話してくださいました。
メンターである先生との対話のプロセスを経て探究してきた活動成果を発表するポスターセッションは、最終結果を披露する場ではなく、自分達の活動を検証していく一つのプロセスとなっています。このようなクリティカルな対話を通して、彼らは自分達の科学的思考を磨いていくことになるわけです。
片倉先生のお話を伺い、順天がポスターセッションをたびたび実施する理由がよく分かりました。
今回のポスターセッションに向けた探究活動は、1年前から準備をしていたものです。最初にグループを決めるそうですが、グループの決め方は生徒に任せていて、個人でやっても構わないということです。
片倉副校長は、グループで協働することは大事だが、協働という名を借りた依存であってはならないとお話されていました。ですから、ポスターセッションでは、一人で発表している生徒もいれば3人グループという発表もあり、人数はまちまちでしたが、リーダーに任せて自分は見ているだけという生徒は一人もいませんでした。皆が主体的にプレゼンテーションに参加しています。
このようなサイエンスクラスの主体性は、先生方が陰でプログラムを綿密に組み立てていることで実現されます。今回の英語によるポスターセッションは、3月に実施した日本語によるサイエンスイベントがベースになっており、生徒がジャンプするハードルの高さにきちんと段階が設定されているのです。
こういった学年を超えたカリキュラムの設計は、サイエンスクラスを牽引している高野幸子先生や中原晴彦先生を初めとするサイエンスクラスの先生方のチームワークが良好であるからこそ可能なので、部分的に採り入れて実行しようとしてもなかなか実現できることではないでしょう。
ポスターセッションでは、他にも印象的なテーマがいくつもありました。
例えば、「Theory of Happy Probability」などはタイトルのつけ方がとても素敵だと感じた発表です。四つ葉のクローバーがどのような条件下で、どれほどの確率で出現するか、実際にクローバーを育てながら検証してみるという試みです。
また、「第一印象が与える影響」を検証した研究や「コンピュータ言語」について調べたもの、「モーツアルトの音楽の効果」など、いずれも非常に高度な科学的思考が展開されていました。
会場には、フィリピンやマレーシアといった東南アジアの高校生の他に、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンといった中央アジアの高校生も多くいて、ポスターセッションの合間に、そこかしこで記念撮影などが行われるほど、相互に打ち解けていました。
昼食の時間でも各国の生徒同士が自然とグループを構成し、お菓子の交換をしたり自己紹介をしたりしていました。お互いのプレゼンテーションについても深く掘り下げる機会となっていたはずです。
今回のポスターセッションには順天の高1生も何人か参加していました。次年度の視察のためです。こうして対話を通した科学的思考の伝統が翌年に受け継がれていくわけです。