PBL

和洋九段女子 日々バージョンアップの21世紀型教育

今春の中学1年生から、和洋九段女子は、本格的な21世紀型教育を実施。中学生全員1人1台のタブレットを使って授業に立ち臨む。つまり、3年後の2020年大学入試改革に直面する頃、同校の生徒は全員21世紀型教育を体験して、新たな局面に挑戦できる態勢が整うわけだ。

昨年10月フューチャールームで、水野先生のPBL型授業を拝見したが、今回は、今春入学した中1の授業を拝見。ついこの間小6だった生徒とは思えないほど、リサーチ、編集ディスカッション、プレゼンを明朗に行っていた。訪れるたびにバージョアンアップしている同校の先鋭的授業。好奇心、モチベーション、意欲、挑戦心・・・に満ちたキャンパス空間が広がっていた。by 本間勇人 私立学校研究家

Ⅰ トリガークエスチョンの役割

授業で取り組んでいたトリガークエスチョンは、世界の中から3つの都市を選び、5日間のワールドツアーの企画をたててプレゼンするというものだった。同校のグローバル教育に共感してきた生徒だから、自分たちの興味関心のある問いだった。中1のこの時期は、興味と関心から出発する体験が重要。つまり、Growth Mindsetが自動的に立ち上がるところから出発することは、学びの基本である。

生徒は、タブレットで、調べながら、プランをたてていくのだが、同時に、自分自身が3つの都市を取捨選択する視点を明らかにしていく。自分の興味と関心のあることをリフレクションしながら調べていくわけだ。もし3つの都市を予め決められていたなら、自分を振り返るプロセスが発動しない。

この問いをとらえ返すという内面の思考過程を通過することが実は楽しいのである。もちろん苦しいときもある。だからこそ、そこを突破したときの心の成長は凄まじい。

かくして、水野先生のこの時期のトリガークエスチョンの役割は、生徒の興味と関心のあるところからマインドセットして、実は本当の興味と感心のあることというのは、WhatではなくHowという思考過程にあるのだという気づきを待つ重要な意味があるのである。

もちろんWhatは重要だが、Howの重要性に気づいたら、自分がふだん興味と関心をもっていないWhatについても、取り組むHowの過程で関心のあることが生まれてくるはずだという期待を抱けるGrowth Mindsetが開かれている確率が高くなる。

Ⅱ 編集の役割

生徒は、最初は個人ワークに取り組んでいるのだが、次の段階は、チームワークに進む。そこでは、たがいにプレゼンし、分かち合う。もちろん、もっとここを聞きたい、このつながりがよくわかるとか気づいたことを語りあう。しかし、議論とまではいかないが、簡単な編集の入り口に立っている。しかし、ここでは極めて重要な編集の役割が果たされている。それは、互いに尊重するというマインドセットなのである。

議論とか編集というと、論理的思考だとか、根拠の妥当性だとか、表現の有効性だとかというチェックポイントがすぐに思い浮かぶが、実は最も重要なべーづは、相互尊重というGrowth Mindsetである。この役割が意外と軽視されているために、大人になってからでも、平気で失言が多くなったり議論を妨げる不快指数の高い態度をとるメンバーがいる会議にでたことがある人も多いのではないだろうか。

グローバル世界でコミュニケーションやダイアローグをしているときに、このような頑ななFixed Mindsetはルール違反とみなされる。さすが、同校のグローバル教育だ。木目細かいプログラム設計になっている。

Ⅲ エンパワーメント評価

チームワーク終了後、今度は全体でプレゼンテーション。ただし、チームの中で選ばれた代表がプレゼンテータ-になる。チームワークの時、全員が発表し合っているから、先生が選んだ生徒がプレゼンするのを聞かされるというやらされ感が避けられない活動とは全く質感が違う。

チームの中でたたえ合い、その中で私たちがお勧めするプレゼンテーションをというプロセスを経て全体プレゼンが行われる。

これが、他者の強みを称え、弱みを強みに転換させるエンパワーメント評価である。互いにエンパワーすることを21世紀型教育では大切にしている。1点刻みの評価で、君の学力はここまでだから、がんばりなさい、がんばらないと次にすすめないですよという従来の自己肯定感を削いでいく評価とは全くクオリティが違うのだ。

Ⅳ 多様な21世紀型教育

個人ワークの時に、他の教室も見学した。油絵具の香りに誘われて、美術室に行ってみると、当然、絵を描いているのだが、1人ひとり完全に自分の世界に没入している。これが、21世紀型教育における授業で重視している「フロー状態」という構えだと感動した。

2つのパソコンルームもフル活用されていた。

外から見ただけだが、ドキュメント作成の授業やリスニングの授業が展開していたのだと思う。

訪れた日は、定期試験前日だったということもあり、電子黒板を活用して大量の情報を振り返っていく授業もあった。20世紀型授業とはスピード感が俄然違う。

和洋九段女子のキャンパスの日常は、教科の授業と現代化リベラルアーツの教育が統合されていて、21世紀型教育のコアラーニングであるSTEAM(サイエンス・テクノロジー・エンジアリング・アート・マスマティックス)教育が広がっている。次回訪れたとき、どんなバージョンアップがなされているのだろうか、大いに楽しみである。

それに、おしゃれなカフェテリアに集う生徒の笑顔もまたすてきだった。

聖学院の授業でコペルニクス的転回体験。

聖学院のSGT(スーパーグローバルティーチャー)は、日々研鑽を積み、その成果を分かち合う「学習する組織」をつくりあげている。教師はとにかく多忙であり、一堂に会することは難しい。にもかかわらず、体育祭終了後や定期テスト終了後などわずかな時間を工夫して、PBL(プロジェクト)型授業のリフレクションを協働して行っていく。

自分の授業をプレゼンしたあと、参加者みんなで徹底的に分析し、生徒が基礎学力を向上していくための「知のスキル」を洗い出していく。授業という具体的な体験を共有し、ワクワクするような授業のイメージをシェアする。そのあと、分析し、21教育企画部長児浦先生を中心として先生方が創っている「聖学院6か年一貫教育 状況目標」に照合し、聖学院としての授業の信頼性・正当性・妥当性を検証していく。by 本間勇人 私立学校研究家

(定期テスト終了後、2時間の自主研修を設定。あっという間に駆け抜けた。達成感と未来への手ごたえを感じているSGTの笑顔はすてきだ。)

リフレクションには、第三者の触媒機能があると、自分たちにとって、当たり前のことも、実は重要であったと気づくことがある。そこで、助っ人として私もときどき参加する機会を得る。

今回は、3つのプログラムが行われた。1つ目は、SGT自身が作成した「6か年一貫教育 状態目標」を深く共有し、その多様な目標を達成するために究極の「知のスキル」は何か対話した。この対話は「ダイアローグ」で、具体的なイメージを共通感覚に置き換え、最終的には統合ステージに飛翔するプログラム。聖学院のSGTは対話をしながら、眩暈を恐れずに、螺旋階段を一気に駆け上った。

聖学院の究極の「知のスキル」として、「内省」「協働」「統合」「取捨選択」などのキーワードが抽出され、それを言語化して共有していく過程は、共通の知の目標が、改めて目の前で明快になっていく心地よい雰囲気が広がった。

2つ目のプログラムは、伊藤豊先生の高3の国語の授業のリフレクションループ。伊藤先生が授業の物語を7分で語っている時に、同時に同僚の先生が、フローチャートをスクライブ(転記)し、再びそれを説明。そして、間髪を入れず、参加している先生方全員で、学びのスタイルのフローチャートや「知のスキル」の分析をワイワイガヤガヤ始める。

伊藤先生が自身の授業の物語を語って終わるのではなく、その授業について、「フローチャート」「学びのスタイル」「知のスキル」の3つの角度から、同僚の先生方が語る。授業見学をしていない先生方が、7分間の物語を聞いただけで、豊饒な言葉で語り合うことができるのは、互いを信頼しているSGTならではのワザで、同僚の言動に対するイマジネーションや互いのメンタルモデルを了解しているからだ。

なぜそんな了解が可能なのか?それは21世紀型教育について、すでに6年以上の歳月をかけて、語り合い、実践し、試行錯誤という共通体験を経てきたからだし、キリスト教主義の学校がゆえに「ダイアローグ」としての「対話」が学内にそもそも浸透しているからである。そして、その成果が、今年大学合格実績の飛躍にも結びついた。

確信、自信、納得・・・これらのマインドを共有し、決して驕ることなく、自己研鑽をし続けるSGT。生徒と共に、日々自己開示し、互いに対話し、自分の中の先入観や壁を突破していく授業を創出する泉として、この自主研修の場のチカラがある。

3つ目のプログラムは、日野田先生の高2の社会の授業のリフレクションループ。7分間の物語、スクライブ(転記)、学びのスタイル分析、知のスキル分析、状況目標によるエンパワーメントと一連の流れは、2回目のプログラムと同じで、リフレクションループが、ワイワイガヤガヤ進行した。

日野田先生の授業の特徴は、個人ワークとかディベート手法や対話を50分の授業の中にコンパクトに収めていることであるが、それがなぜできるのか?それは、憲法と聖学院の校則の葛藤をどのように統合するかという、創造的問題解決の問いの構造が青写真としてあるからである。まるで設計図に拠って建築物が建てられていくように授業デザインがなされているのである。

伊藤先生の授業の学びのスタイルは、個人ワークとディスカッション、エッセイライティングが中心で、日野田先生の授業とは異なるように見える。しかし、伊藤先生の授業も、美術作品と美術館の葛藤が問いとして明らかにされていき、最終的にそれを創造的問題解決していく対話がベースという点は共通している。

こうして、今回のプログラムのクライマックスは、やってきた。伊藤先生の綬長と日野田先生の授業の両方に共通する聖学院の「究極の知のスキル」は何かというディスカッションに到ったのである。

さて、それは何か?そこは大切な聖学院のソフトパワーなので、明かすことはできないが、その「究極の知のスキル」があるからこそ、毎回の授業で、生徒は、まるであのコペルニクス的転回を体験できるようなスリリングな授業に参加することができるのだ。

アサンプション国際小学校 理想的で実現力あるグローバル教育

今春、アサンプション国際小学校は、校名変更、共学化を果たし、イマージョン教育、PBL型授業、ICT教育という21世紀型教育のソフトパワーを一気に実現した。昨年、武井校長と教職員が一丸となり、基礎基本学力を育成する土壌であるPBL型授業の研修を実施。教職員全員がPBL型授業を展開できるようになった。

教育は<プロセス>の質が向上し続けると、その過程で雰囲気が膨らむ。共感できる興味関心がもてる雰囲気が醸し出されると、訪れた人々は共感共鳴共振する。今春応募者は飛躍的増。改革の針は成功のベクトルに触れた。

すでに昨年から実施する説明会はすべて予約がいっぱいになっていたが、その勢いは、今年も続く。7月、8月と行う学校説明会と入試体験はすでに定員に達している。教育のプロセスの質向上こそが、生徒や保護者にとって最大の魅力であることを示すシンボル的な学校である。アサンプション国際小学校の教育のカタチは、世界に認められる学校となろう。by 本間 勇人 私立学校研究家

(今回の記事で使う写真は、すべて同校サイトから)

アサンプション国際小学校は、カトリック学校であるから、一貫して「自然と社会と人間の精神」の持続可能な循環ができる智慧と感性と身体を養う教育を徹底している。「カトリック」という言葉は、「普遍的」という意味もあり、グローバル教育の精神の根源的な光を意味している。

したがって、今年ユネスコスクールにも認定され、その活動はさらに世界貢献に広がる。

それゆえ、コースにもイングリッシュコースを開設している。卒業時にCEFR基準でB1(たとえば英検2級)に到達可能な英語4技能教育及び英語以外の教科でも英語で行うイマージョン教育を行っている。

アサンプション国際は、英語以外にもフランス語も学習している。したがって、フィリピンの姉妹校のみならず、フランスの学校とも国際交流がある。隣接している中高に訪れた海外からの生徒は、同校も訪れ、交流している。英語ももちろん大切であるが、このとき、生徒達は「ホスピタリティ」「フレンドシップ」を発揮する。カトリック用語で言えば「隣人愛(man for others)」をもって交流するのだ。

それでは、いかにして「隣人愛」は育つのであろうか?

それは、異年齢交流というグローバルな交流の最も身近で最も重要なコミュニケーションの機会をたくさん作っているからだろう。

低学年のケアを高学年がしていくわけであるが、そこで「ホスピタリティ」「フレンドシップ」が養われるのは説明するまでもない。しかし、もうひとつ重要なタレントが育つ。それは「クリエイティビティ」だ。他者といっしょに「楽しむ」には、どんな企画や活動が求められているのか創意工夫がなされるのでる。

このような活動のベースには、先生方一人ひとりが、暗黙知としてすでに行ってきたPBL(プロジェクト学習)がある。それを見える化して、シェアすることによって、よりシステマチック(カトリック用語で言えば「ぶどうの樹液の循環」)に徹底できた。

PBL型授業とは、調べたり、議論したり、まとめたり、発表したりと「対話」がベースの授業。「対話」といっても、「会話」とは違い、欧米教育の土台である「ダイアローグ」で、基礎的思考から高次思考に上昇していくコミュニケーションシステムのことを示唆している。

この欧米教育で当たり前のように活用されている「ダイアローグ」であるが、はじめプラトン―ソクラテスの「対話篇」からはじまり、それをヨーロッパの基礎としたのがカトリック神学である。ルネサンスを経て啓蒙期以降、それはルソー、カント、ヘーゲルなどによって、「弁証法」という哲学にシフトしていく。この弁証法が欧米の教育の土台となったのである。

そして、21世紀型教育において、日本でも哲学教育が徐々に広がり始めている。アサンプション国際中高でも、校長哲学教室が定期的に実施されているが、この手法は、このようにヨーロッパの知の基盤だったのである。というよりも、それを広めたカトリックの精神的遺伝子を脈々と受け継いでいるカトリック学校アサンプション国際の面目躍如ということだろう。

そして、この「ダイアローグ」をシステマチックにフローチャートとかアルゴリズムとして受け継がれているのが「人工言語」である。つまり「プログラミング」なのだ。アサンプション国際小学校で、はやくも「プログラミング」教育が行われているが、それは、「ダイアローグ」の基礎である「自然言語」の学びが一方で極めて大切にされているからだ。

「自然言語」とは、「日本語」「英語」「フランス語」・・・など世界の人々が日常使っている言葉であるが、「人工言語」は、この「自然言語」を鏡にt作られたのであるから、「自然言語」が大切にされている学校にとって、プログラミング教育は、その延長上であり、極めて自然な教育活動なのである。

この「自然言語」を中心に多様な教科を学んでいくコースが、グローバルコースである。「はじめに言葉ありき」。この言葉は「ロゴス」である。神の言葉のことであるが、それゆえ、「ロゴス」はただ論理的な言葉のことを指しているのではない。隣人愛という他者を尊重する心も同時に前提されている。

現代でも、議論をする際には、論理的思考を使うことと、議論の相手を「尊重」することというのが、条件に入っているのも、カトリックの精神的遺伝子の継承である。欧米の教育の根源的な精神が現代化されて、教育活動に浸透しているのが、アサンプション国際小学校である。

やがて、世界から評価される小学校として、世界のモデル校となるだろう。

東京女子学園 突き抜ける教師陣

東京女子学園には、地球思考委員会というプロジェクトチームがある。生徒1人ひとりの才能をいっしょに見出し、自分の言動即世界という地球共生に貢献するマインドを形成する教育活動やシステムのプロトタイプを構築していくチーム。

それを学内全体で授業で試行錯誤しながら、東京女子学園モデルとして強化していく。2013年から、PBLやC1英語、ICTの有機的な教育システムの組み立てを開始し、その全貌が明らかになり、すでに実践的な智慧として学内に広がっている。その地球思考委員会のミーティングに私も参加した。by 本間勇人 私立学校研究家

昨年地球思考員会が結成されて以来、ときどき参加する機会を得たが、毎回毎回進化の速度が加速しているのに驚きを感じてきた。しかし、今回の驚きは今までのものとはスケールが違った。

テーマは、「地球思考コード」が学内で浸透し始めてきたので、PBLやC1英語、ICTの有機的な教育システムをより効果的にするために、どのように活用できるかという実践的な智慧を出し合うことだった。すでに「地球思考コード」は出来上がり、授業や教育活動で使われ始めているという前提で、ミーティングが行われていたのだ。昨年の今頃は、「思考コード」とは何か?から議論していたはず。実に速い。

しかも、教育システム全体を再構築するために、まずは東京女子学園の教育ビジョンは何から何へ変わったのか、意識の共有からはじまったのだ。このようなミーティングは、すぐに何をするのか、結構「点」の話が多く、収拾がつかなくなるケースが多い。

毎回がブレストで、教育システムの全体のビッグ・ピクチャーが描かれないまま、道具立ての話ばかりが進む。結果、あれもこれもやることになり、引き算の美学はどこかにいってしまう。

ところが、このチームは違う。ロイロノートスクールを使いながら、まずは個人で自分の考えを書き、瞬時に共有し、今度はチームに分かれて、それをインテグレイトしていく。それもロイロノートスクールで、シェアしながら話し合う。

かつてはポストイットでやっていたことを、タブレット上で解決。自分たちの考えたコンテンツや話し合った痕跡が、そのままポートフォリオとしてクラウド上に残るから、議事録を書く手間も省ける。個人とインテグレイトという両者のアウフヘーベンの連続が、効率的かつ創造的な議論を進めていく。

私は、やはり4月から実際に成績表に活用している首都圏模試センターの「思考コード」の情報を提供した。すでに模擬試験という場で活用されている先行事例と教育の現場で活用されている事例を比較することで、共通点や相違点が明快になるからだ。

事前にパワーポイントの資料を送っておいたので、先生方は全員、タブレットにダウンロードしてミーティングに臨んでいた。ペーパーレスで、記録はポートフォリオとして蓄積されていく理想的なミーティングになっていたのだ。

「地球思考コード」と「首都圏模試センターの思考コード」の共通点としては、教師も生徒も学び方の情報を共有できるとすぐにコメントがでてきたし、今後の大学入試改革に求められている学習履歴を作成する際のポートフォリオとしての活用が可能であるという点は「地球思考コード」に優位性があるかもしれないという議論も盛り上がった。

実際に、早稲田大学のアドミッションオフィスのサイトに入り、来年開始する予定の「新思考入試」の情報やサンプル問題も、その場でアクセスしながら、具体的に議論するシーンもあった。実に興味深かったのは、そのサンプル問題の問いを、「地球思考コード」に一瞬にして分類して話し合っていたシーンだ。

これは、教師も生徒も共有しているから、今後生徒は、この問題は易しいか難しいかではなく、どのような思考のスキルを使うのか複合するのか、論理の次元でとどまるのか、創造的な智慧を働かすのかメタ認知を発動しながら思考していくことができる。

この思考コードで、知識理解から論理的×批判的×創造的思考に飛ぶことが、どんなに歴史的にもすごい事態なのか、それゆえ、未だに多くの学校が「知識・理解」の次元で足踏みをしているということが了解できたわけであるが、そのことについて書かれているオットー・ラスキーの英語の論文を、サイトでこれまたすぐに検索して、話し始めた。

英語科の先生方がすぐに要約しながら、議論の参考情報として活用したのだが、そのようなシーンも今までには全くなかった光景だった。

この地球思考委員会のミーティング自体が、PBL型授業であり、C1英語教育であり、ICT教育であり、リベラルアーツのマインドに満ちた対話だった。今や、全校生徒全員がタブレットを所有して授業に臨んでいる。このミーティングは、普段の授業のプロトタイプだったということなのだ。つまり、授業の風景も同様なのである。

この会議で話された有益なプランについては、まだ企業秘密の段階なので、ここで明かすことはできないが、説明会が行われるたびに、段階的に公開されていくことになろう。突き抜ける女子校には、突出した教師陣がたしかに存在するのである。

工学院 ミネルバ大学もうなるSGT教師陣

今月14日、工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)は、工学院大学新宿キャンパスで、プレス・リリースを行った。2018年4月から、工学院の高校がハイブリッド4コース体制にするという画期的な教育イノベーションを発表した。

同時に、八王子キャンパスでは工学院の中学3年生は、あのハーバード大学でさえも改革の刺激を受けざるを得ないイノベーションを起こし、世界で今話題沸騰の大学がやってきていた。それはミネルバ大学で、日本事務所代表の山本秀樹氏によるスペシャルプログラムが行われていた。

工学院は、大学のみならず中高も、新宿キャンパスと八王子キャンパスで同時に教育を展開していく動きが加速しており、他校には真似のできない教育イノベーションを生み出している。by 本間勇人 私立学校研究家

2018年の高1から、2020年大学入試改革が行われるわけだが、実はその年はドバイで万国博覧会が行われる年でもあり、教育も研究も産業も一斉に第4次産業革命に突入する年である。そのときに、高いレベルの英語力が要求され、高次思考に基づいて多様性の中で議論する力が要求される。AIをはじめとするICTのテクノロジースキルは求められるのは当たり前の状況になっているだろう。

それを見越して、工学院では、3年前から本格的な教育イノベーションを進めてきた。そして、いよいよその成果が見え始めたので、来春の高校1年生から順次、4つのコースでさらに生徒一人ひとりの才能を開花することに決めた。その4コースは次の通り。

すでに、ハイブリッドインタナショナルコースは、実は4年前からプレ改革を行っていた成果がでたので、今年から先行設置している。その手ごたえもあって、思い切って4コース設置を決断したのだと思う。

つまり、今回のプレス・リリースは、完全に<グローバル高大接続準備教育>にシフトする宣言だったのである。

したがって、八王子キャンパスでは、来年の高1である現中3に対し、ミネルバ大学の日本事務所代表山本秀樹氏を招き、特別キャリアガイダンスを行っていたのであろう。工学院もミネルバ大学も、クリティカルシンキング、クリエイティブシンキング、コラボレーション、グローバルリーダー育成という点で、シンクロしている。

そして、ミネルバ大学は7カ国のキャンパス(従来のキャンパスイメージとはかなり違うが)を移動しながらプラグマティックな学問を広め深めていくという点では、新宿キャンパスと八王子キャンパスの両スペースを行き来して探究活動をしていこうといる工学院とも息が合う。

しかし、山本氏が工学院の教育イノベーションの本質に触れ、自分の子どもをこんな学校入れたいとうならせたのは、同校のSGT(スーパーグローバルティーチャー)教師陣のミーティングに遭遇してのことだった。

山本氏は、中3のプログラム終了後、qTeam(クエストチーム)のミーティングにも顔を出した。そこでは、2020年大学入試改革(グローバル高大接続システム改革)を見据えてすでに実験的に出題されている東大、京大をはじめとする国立大学の高次思考問題を研究している。

その日は、小論文の問題、英語エッセイの問題、数学的帰納法の問題などを扱っていた。各教科の教師がどこが生徒にとって肝かプレゼンしたあと、参加していた他教科担当のSGT(スーパーグローバルティーチャー)が、高1の場合だと、その因数分解は気づかないが、その仕掛けはどうするのか?中学と高校では要約のスキルはどう変わっているのか?演繹的にやったほうがスッキリするのでは?などとコメントがあり、講師役のSGTが応答する対話が溢れた。

その後、チームに分かれ、このような問題では、生徒がどこに気づくと突破できるのか、そのためには、たとえば、高1の段階では、どの教科でもどんな創意工夫をして授業をしていくのか?議論してプレゼンしていった。もともと思考コードやコンピテンシー、思考のスキルなどについて議論をし、思考力セミナーでそのプロトタイプを作成していたから、工学院のSGTにとっては、当たり前のミーティングだった。

しかし、山本氏には、新鮮だったようだ。日本の学校で、教科を超えて大学入試問題の背景にある根源的な問いについて探究していくシーンに出逢ったのは初めてだったという。数学の問題についてて、国語や社会など他教科の教師が、いっしょに解く過程をチェックし、そこから問いの本質を見出していく高次思考のリフレクションループがそこにあったからであり、それはミネルバ大学の学問のアリカタと同期するところがあったのだと思う。

このqTeamのリーダーは、中学教務主任の太田先生と高校教務主任の奥津先生。お2人は、チームのプレゼンを聞いてはコメントを投げていくが、そのときどんなコメントを投げるかは、先生方の頭の中には、工学院の思考のエンパワーメント評価表である「思考コード」がある。生徒の最近接発達領域を発見しながら、次のステップにジャンプするきっかけになるトリガークエスチョンを投げかけるのと同じスタイル。

幾重にもリフレクションループが循環しているミーティングで、このミーティング自身が工学院のPBL型授業のプロトタイプでもある。今回の工学院の教師の対話を通して、「SGTという教師は、かくもアクティブブレインを生み出すために、リフレクションループのデザインをするものなのか」と改めて気づいた。いわゆるプロデューサ―とは違う大胆で繊細な役割を果たしていると感じ入った。ミネルバ大学の山本氏はそこを見抜いたのであろう。

和洋九段女子 教育イノベーションを支える香り髙き教養

創立120周年を迎える今年、和洋九段女子は、教育のバージョンアップを実行。美しい花が開いた。今月17日、授業見学・クラブ体験・説明会を実施。中1から中3までの授業は、すべてPBL型(プロブレム・ベースト・ラーニング)授業だった。

そして中1は、今回は、すべてのクラスが英語の授業を行っていた。グローバルクラスとレギュラー・クラスのPBL型授業が展開された。どのクラスも、生徒は、タブレットを活用して、手持ちの知識をその都度広げながら思考し、対話し、プレゼンする授業。昨年から21世紀型教育改革に挑戦し、猛スピードで成果を挙げているのに驚いた。by 本間勇人 私立学校研究家

(今回はダンス部の体験ができなかったので、舞台で発表。しかし、それが圧巻だった。)

中1のレギュラークラスの英語の授業は、スキットをチームで創作して、ドラマエデュケーションよろしくプレゼン。米国やカナダの名門校では、アウトプットは、言語でもよし、ドラマでもよいし、絵や図であってもよいという場合が多い。表現は多次元思考様式だから、1つに強制はしない。それが学びの自由を確保し、モチベーションを燃やす。

私が見たシーンは、ファーストフードで商品を買うやりとりをしているシーン。演じ終わった後、いくらで商品を買ったか、質問までしていた。もちろん、英語で。中1の今の時期とは思えないほどのスピード。レギュラークラス3クラスとも同じように授業を進めていた。

生徒が発表したドラマの中には、ミュージカルに発展するかと思わせるような動きのあるものもあった。4技能英語を鍛えるにはもってこいのPBL型授業だが、この短時間にスキットを話し合い、パフォーマンスをするというのは、インプロ教育といって、クリエイティビティも育成するプログラムでもあるだろう。

グローバルクラスは、外国人教師が、ゲームやペアワークを自在にデザインしながら、PBL型授業を展開。グローバルクラスの中でも、特に英語力がある生徒は取り出し授業が隣の教室で行われていた。

少人数ということもあり、徹底した対話型授業。リテラルシンキング手法で完全英語の授業。学内留学空間さながらだった。

中2の社会の授業は、ある時代を象徴するキーワードは何かをチームで調べ、議論し、タブレットで編集して、パワーポイントを教師に送信しながら作業を進行。最後にプレゼンしていた。

フューチャールームでなくても、普通教室で、生徒の作品を学習ポートフォリオとしてサイバー上に蓄積できるわけだ。ICTによるカリキュラムマネジメントも早くも実施しているということが了解できるシーンだった。

今回フューチャールームでは、授業ではなく、受験生のICT体験の場として活用された。受験生はさすがはデジタルネイティブ。すぐにタブレットを活用し、オンライン学習の使い方を理解していた。彼女たちは、普通教室の授業を見学したときに、学校全体が、フューチャールームだったのかということに気づいたのではないだろうか。

中2の国語では、文章読解をPBL型授業で展開。要約をチームで話し合い、それを編集してプレゼンしていたようだ。読解を、コミュニケーションを通すことで情報の共有を深めていたが、そのせいか、たいへん知的教養の高い雰囲気あふれるクラスになっていた。

一方中2の家庭科では、大根を素材に、エコクッキングとしての創作料理のアイデアだし。第4次産業革命の目差す超スマート社会の一端を学んでいるわけだ。身近なところに、グローバルゴールズを達成する取り組みが埋め込まれているのに感動した。

中3の数学の授業は終了間際に見学したので、議論をしているところを見られなかったのは残念だった。数学はPBL型授業がしにくいと言われているが、定規の三角形の特徴や概念について、話し合うには、PBL型授業はなかなか使い勝手が良かったかもしれない。いずれにしても、和洋九段の数学の先生の挑戦に脱帽。

授業見学の後、講堂で軽食が配られた。

なんというおもてなし。女子私立学校ならではのランチ説明会だ。軽食が終わったら、中込真校長から、学校説明。

120年の伝統をバージョンアップした新しい和洋九段女子の教育を語った。保護者及び受験生は、今まさに見てきた教育を丁寧に解説されて大いに納得したと思う。

これらの新しい教育活動は、すべて上記写真の「ルーブリック」から生まれ出ているが、実はかなり似た考え方の思考コードがすでに首都圏模試センターが活用し、受験生はそれによる成績表を見ながらリフレクションしているから、実は新たな共通言語として機能し始めている。2018年は入試業界の「思考力」のバージョンアップの転換期でもあるが、和洋九段はそれに刺激を与える教育イノベーションのリーダーとして今後評価が高まるであろう。

説明会の最後は、昨年夏、トロント大学のサマープログラムに参加した高3生の英語によるプレゼンテーション。どんなプログラムを体験したのか、見事なパブリックスピーチをやってのけた。トロント大学といえば、東京大学より世界ランキングが高く、コンピュータサイエンスの拠点でもある。和洋九段女子が改革準備を始めた昨年、その動きに影響を受けたわけだが、今後本格実施していく過程で、彼女のような生徒がたくさん現れるということだろう。

受験生及び保護者は、彼女のことを、改革のロールモデルとして、認識できたと思う。

それにしても、もっとすごいプログラムの仕掛けは、授業見学及び校長、生徒による極めてわかりやすい美しすぎるプレゼンプログラムの最後に、白と黒のケイオス(混沌)を表現するコンテンポラリーアートとしてのダンスパフォーマンスである。シンメトリックに計算されたカタチの一部にケイオスを挿入するのは、日本の文化アイデンティティであり、19世紀末以来、今も世界中の人気が絶えないジャパノロジーである。伝統と革新の融合とはまさにこれであろう。

かつてのジョブスや現在のシリコンバレーが希求してやまないジャパノロジー発想のアート。この創造の魂を呼び覚ますマインドフルネスは静かなブームを呼んでいるが、和洋九段女子には、この世界に共通する創造する魂がある。これはまた、女子校にしかできない教育イノベーションの泉である。和洋九段女子の教育の存在意義は、同校の新しいグローバル教育によって、世界に共感を呼ぶことになろう。

正智深谷高等学校 大航海時代の幕開け

2017年度、正智深谷高等学校は、来るべき大きな教育変革、そして社会から求められる学力の変化に対応するべく「正智深谷高等学校イノベーション計画(Shochi-Fukaya High shool Innovation Plan)」を掲げた。加藤慎也校長は、この計画の名称としてそれぞれの頭文字を取り「SHIP(シップ:帆船)」と名付け、この地球規模の転換の大海原に帆をいっぱいに張って、出港する決断をした。正智深谷高等学校の大航海時代の幕開けである。by 本間勇人 私立学校研究家

同校のミッションは、次の3つである。

①自己肯定感を育み、他者を認めることができる人を育てる。
 
②問題解決に協働して取り組み、他者に貢献できる人を育てる。
 
③夢を持ち、そのための地道な努力を継続できる人を育てる。
 
これは、世界に目を向けた21世紀型教育のいくつかのキーワードに置き換えてみると、「マインドフルネス」「PBL」「コラボレーション」「コントリビューション」「グロースマインドセット」「グリット」などになる。
 
 
加藤校長は、英語の教員でもあるから、正智深谷高等学校の精神が、世界につながっている、むしろシリコンバレーに集結している世界のイノベーターであるクリエイティブクラスが希求しているマインドフルネスが同校にあることに気づいている。
 
ただ、この大切なリソースが学内では当たり前の存在だったし、それがゆえに埼玉エリアを超えてインパクトを与える重大な使命があるとまでは教職員全員が意識してきてわけではなかった。県立高校王国埼玉にあって、自治体の教育は、どうしても自治体に貢献する人材をとならざるを得なかった事情もあっただろう。
 
しかし、もう高校生はデジタルネイティブである。すでに世界の問題は自分たちの問題と直結していると感じ始めている。私立学校として、自治体と世界を結びつけるリーダーシップを発揮するべく、大航海に船出する意志決定をしたのである。
今回訪れたとき、ちょうど新生徒会役員・執行委員の認証式だったが、彼らは、世界で様々な問題を解決していく姿勢は、自分たちの学園生活においてチャレンジする行為や精神とシンクロしていると感じている。
 
 
だから、加藤校長は、認証式にあたり、新メンバーに、認証状を手渡す式を行うのではなく、自己実現に燃え、互いに励まし合い、挑戦する想いをしっかり共有する時間だと語り、一人ひとりと熱く握手を交わしていった。メンバー一人ひとりの想いと挑戦する行為と精神は、そのまま世界を変える準備になるという気持ちをこめて。
 
<SHIP>とは帆船という意味もあるが、<在り方>というマインドフルネス状態を表現する接尾語でもある。<friendship><leadership><communityship>・・・。21世紀型教育とは、多様性の時代にあって、たしかに4技能英語力、PBL型の探究授業、ICTは欠かせない。しかし、それらがたんなる手段であってはならない。文化も価値観も考え方も異なる人々と協働して、人類共通の諸問題を解決していくマインドが必要だ。
 
そのマインドのあり方をカタチにして共有するために、4技能英語力、PBL型授業、ICTは欠かせないチカラなのである。そのチカラを何のために使うのか。未来をつくる力として、いまここでカタチにするために使うのである。未来は、正智深谷高等学校の学園生活そのものの中に、潜在的に存在している。
 
 
その潜在的なパワーを体現したロールモデルが、今年東京大学文Ⅲに合格した藤井君だ。高3の7月まで、吹奏楽の部活で活躍しながら、英文学という領域で世界の本質を見出し、創ろうとするモチベーションを持ち続けた。正智深谷高等学校の先生方とPBL型のゼミで、東京大学の入試問題が投げかける問いの本質を探究した。マインドフルネス、グリット、リーダーシップ、コミュニティシップ、コントリビューション、クリティカルシンキング、クリエイティブシンキングなど21世紀型スキルが藤井君のマインドには有機体として大きく成長した。
 
加藤校長は、東京大学に行くかどうかではなく、そこにチャレンジした時の藤井君のマインドのあり方を、全校生徒と共有していきたいと。おそらく、正智深谷高等学校のこの大航海の挑戦から、<Growth Mindship>という新しい言葉が誕生するのではないだろうか。
 
 
加藤校長に学園内を案内してもらったとき、とにかく生徒と教師の距離が違いと感じた。好奇心に充ち、探求心旺盛で、対話力に満ちた生徒であふれていた。
 
そして、廊下を歩いていると、授業の始まりや終わりに、合掌している生徒の姿が目に入った。同校には、世界が今最も欲しているマインドフルネスを内燃させる仕組みがすでにある。世界に羽ばたく人材のエネルギーの源泉は、やはり正智深谷高等学校にもあると確信した。

文化学園大学杉並 世界とつながるダブルディプロマ

文化学園大学杉並(文杉)は、2018年度から共学になることが決まり、コースも再編されます。カナダのブリティッシュコロンビア州(BC州)の統一試験資格が取得できるダブルディプロマコース(DDコース)は中学2年生からに前倒しされ、特進コースは英語4技能や大学入試「新テスト」に対応する内容に変わります。「感動の教育」のスピリットはそのままに、文杉の特長をより多様な角度から打ち出しました。今回の取材では、DDコースの深化について取り上げます。 by 鈴木裕之:海外帰国生教育研究家

 
ダブルディプロマコースを立ち上げの時から育ててきた教頭の青井靜男先生は、ここにきてDDコースの反響にかなりの手ごたえを感じているとのことでした。国内の受験生はもちろん、海外帰国生や日本国籍以外の生徒保護者からの問い合わせが増え、さらに大学からも高大接続に関するオファーが次々と舞い込んできているようです。
 
当然DDコースの生徒が想定する進路は、国内に限定されません。国内だけで考えれば言わば「憧れ」の大学を押さえにしつつ、海外大学への進路も視野に入ってくるわけですから、グローバル高大接続のモデル校として先頭を走っている学校だと言えるでしょう。
 
実際、DDコースに在籍している生徒は世界を舞台に活躍できる実力を確実に育てています。2年前に入学した生徒が、1年半ほど経過してから受けたBC州のテストでは、カナダの現地で学んでいる生徒と互角以上の成績を残し、高2の終わりには、7割の生徒がすでにCEFR基準でB2以上(英検準1級相当)の英語力を持っているのです。
 
しかし、DDコースの生徒たちは英検やTOEFL・IELTSといった英語の資格取得ばかりを目指して勉強しているわけではありません。むしろそういう英語資格をはるかに超えるインパクトを持っているのが「ダブルディプロマ」なのです。
 
 
DDコースの校長ダン・マイルズ先生は、「BC州のディプロマを持てるのに、なぜTOFELやIELTSを受験する必要がありますか、英語資格を取得する必要などは本来ありません。なぜなら、BC州のディプロマを持っていることは、すでに十分な英語力を持っていることの証明であり、英語ができることは自明なことだからです」とDDコースのカリキュラムに自信を覗かせます。
 
BC州の統一試験資格はドッグウッド・ディプロマと呼ばれるもので、国際バカロレアのディプロマと同様、世界中の大学への入学パスポートです。一回のテストで成績が決まるのではなく、高校時代を通した学びの評価と最終試験の結果によって、ディプロマが付与されます。BC州の教育省のホームページには、そのカリキュラムの理論的背景が書かれていますが、国際バカロレアのカリキュラムなどの優れた点を採り入れつつ、随所に21世紀型教育の考え方を反映した内容のものです。
 
ダン先生のお話でも、ブルームのタキソノミーやガードナーの多重知能理論の話がぽんぽんと飛び出してきます。しかし、本当に凄いのは、理論だけが語られるのではなく、すぐにその実践を教室で見せてくれるところです。
 
 
例えばChemistry(化学)の授業では、原子や元素記号の復習をしていたのですが、生徒たちはイラストを書いていました。元素記号をキャラクターに結び付けたり、ストーリーを組み立て、周期表と関連させたりしていたのです。ざっと教室を見渡すだけだと、美術の時間かと勘違いするほどです。こういう授業の進め方などは、語りやメタファーの機能を学びに採り入れたもので、生徒の学びのスタイルが多様であることに配慮しているのでしょう。
 
どの教室を覗いても、先生方が生徒の強みにフォーカスしていることが伝わってきます。才能の領域は生徒一人一人によって異なることが当然のごとく了解されているわけです。それが生徒の自己肯定感を育み、生徒主体の学び(=student-centered learning)を形成しています。

ダン先生によれば、DDコースには4つのルールがあるということです。
 
1.I can do it (私はできる)
2.It's okay to make mistakes (間違えてもいい)
3.It's okay to say “I don't understand” (わからなくてもいい)
4.Someone's always there to help (助けてくれる誰かはいつもそばにいる)
 
以前に伺った時には気づかなかったのですが、これらのル-ルこそ、生徒主体の学びを実践するための「Constitution」ではないかとハッとさせられました。つまり、これらのルールは、先生の側から生徒に押し付けるルールなのではなく、生徒の立場から考えた、権利としてのルールです。こういったところにも「生徒主体の学び(=student-centered learning)」がお題目で終らないような仕組みが機能しているのだと、改めて生徒のことを考える先生方の意識の高さに気づかされました。
 
 
それにしても生徒たちは、欧米の分厚い教科書を前にひるむことはないのでしょうか。実際、教科書は、隅から隅まで網羅するにはあまりにも大部です。しかも、それを英語で理解しなければならないとしたら‥‥生徒が圧倒されてしまうことは想像に難くありません。しかし、それも杞憂でした。これらの教材からどこをどう学ぶかは生徒主体に決められるものなのです。  
 
目次を読み、索引から用語を調べ、リファレンスブックにあたり…、といったスタディスキルやアカデミックスキルは確実に身につくことでしょう。さらに、グル-プでテ-マやトピックを決め、そこを深く掘り下げていくことで協働的な学びが実践されます。調べたことはプレゼンテーションやレポ-トとして発表していくので、表現力は当然向上していきます。
 
分厚い教科書に恐れを持つとしたら、それはすべて覚えなくてはいけない、すべて理解しなくてはいけないという固定観念がそうさせているに過ぎないのです。DDコースの生徒たちにとって教科書は参照すべきものという意味では、インターネットを検索することと大きな違いはないわけです。そうやって調べたことは、仲間との対話のプロセスを経て、学びの螺旋階段を上がっていくのです。
 
 
さらに特筆すべきことは、ICTの活用の仕方です。教室で使用するマテリアルはEdmodoを通じて家庭からもアクセスでき、動画で授業の予習をして学校で議論をするといった反転学習がすでに当たり前のように行われています。
 
生徒たちもみなノートパソコンを持っていますが、教室では机の上に置かれていることが多く、むしろ議論に集中しています。議論の中で調べる必要が出てくると誰かがノートパソコンを開いて調べ始め、他の二人が画面を覗き込みながら、再び英語での対話・議論が始まるのです。
 
こういった授業における先生の役割がまた興味深いものでした。どのグループにでもすぐに入って対話を始めるダン先生のエンパワーメントの力は別格としても、先生はみな一つ一つのグループを順番に回り、対話に参加していくのです。課題はグループによって異なりますし、進め方もそれぞれ異なります。先生はそれぞれのグループの進捗を尋ねながら、質問したり自分の考えを述べたりします。それは予定調和的なゴールに導いていこうなどといったものではなく、生徒の問いを誘発する存在です。そこから生徒に湧き起こった問いが検索エンジンで探索され、いつしかレポートやプレゼンテーションシートで編集されていくことになるのです。
 
ICTに何をさせたいのかということが明確にデザインされ、対話に意識がフォーカスされたとき、それぞれの生徒に問いが生まれ、創造的思考力が羽ばたいていくのです。貴重な瞬間に立ち会った思いでした。

このDDコースでの授業実践は、今年ますます文杉全体に広がっていくことでしょう。他の日本人の先生方と気さくに挨拶を交わしながら廊下を歩くダン先生は、文杉の一員として完全に溶け込んでいました。

富士見丘 世界標準の教育(3)

高2生のサスティナビリティ演習の5日前に、高1のサスティナビリティ基礎の授業も取材していた。生徒たちは「災害と地域社会」「開発経済と人間」「環境とライフスタイル」の3講座を一通り受講する。

高2からは、テーマを選択していくが、高1では、一通り社会のサスビナリティはいかにして可能か、多角的な視点から眺めておこうという意図があるのだろう。

ここにも、間口の広い視野を生徒全員と共有しようという富士見丘の丁寧な教育観がある。

また、広い視野を深い考察にシフトしていくためのスタディスキルも学んでいる。高2も高3も、グローバル社会のリサーチが大前提だから、地政学的条件やリスクをリサーチし考察するが、自分のテーマによっては、インターネットぐらいでしか情報を得られない地域もある。

そういう場合は、自分で推理して情報を収集していかなければならない。伊藤先生の「災害と地域社会」の授業では、その地政学的条件やリスクの洞察で必ず使用する地図の読み込みの体験授業が展開していた。国が違っても、緯度が同じであれば、気候条件は似てくるし、地理的条件が似て来れば、同じような産業や経済、都市設計の発展もあり得る。

そのため、地図をネット上でどのように活用するか体験するグループワークが行われた。ハザードマップを活用し、どうして危険地帯がここだということがわかるのか地図を見て、推理していく。しかし、現代の地図だと、自然の地形が都市開発によって見えにくい。そのために100年前の明治時代の地図を引き出して、現代の地図と比較しながら洞察していくという授業展開。

SGHの授業では、グループワーク、ICT、英語は欠かせない。つまり、海外の中高や大学と同じ条件の授業環境を整えている。

久保先生の「環境とライフサイクル」の授業では、イノベーションの歴史をシェアし、自分がどのような環境やイノベーションに興味があるのかプレゼンした。歴史という<時間軸の比較>のスキルがトレーニングされていた。伊藤先生の授業では<空間軸の比較>のスキルがトレーニングされていたわけであるが、高1生は両方の授業を順番に体験していくから、スタディスキルの全体を体験することができるのだ。

中島先生の「開発経済と人間」の授業では、開発とは何か?人間にとって豊かさとは何か?というこのテーマを洞察する際のキーワードの概念を広げ深めていくために、同校の立地である笹塚という都市は豊かであるかどうかをグループで議論するところから始まった。

お金と時間の比較による洞察など高1とは思えない経済学的な視点を展開するチームもあった。果たして時は金なりかどうか?時間泥棒の出現は人間の何か大切なものを奪っていくのではないか?笹塚という身近なところから、そのような抽象的な一般化へジャンプするロジックが早くも生まれていたのだ。

吉田理事長・校長も毎年SGHを通して、生徒が知的にも精神的にも成長していく姿に目を細めながら、うちの教師の力はなかなかのものでしょうとボソッと耳元でささやかれた。

たしかに、緻密に計算された学びのスタイル、思考のスキルをトレーニングするプログラムデザイン力とグローバルゴールズを達成する世界的視野に基づいた問題意識を引きだす高大連携、海外の高校との連携のプロデュース力に驚嘆しないわけにはいかない。論より証拠、目の前で、生徒たちの創造的問題解決のアイデアが溢れ出ているのだから。

このSGHのプログラムは、もちろんプレプログラムとして中学のホームルームが活用され、6年間一貫した体系的な設計がなされている。このこと自体、日本の教育では稀有なカリキュラムマネジメントである。富士見丘の教育がいかに価値があるか、高い評価される時も近いだろう。

富士見丘 世界標準の教育(2)

今年7月に、シンガポールの国際研究発表会に参加するのは、高3生チームであるが、このチームだけが、特別な問題意識をもって、創造的な問題解決を行えるのではない。

富士見丘生全員に、「サステイナビリティの視点に立った社会課題への高い問題意識を持ち、他者と協働して問題を発見し、解決に導く思考力と行動力を身につけ、海外の人と英語で意見交換できるコミュニケーション力を鍛えていく」教育環境があるというところが、実にダイナミックでなのある。

しつこいようだが、機会を与えるけれど、それを活用できるのは、選抜された一握りの生徒で、ゲットできるかどうかは自己責任だという競争優位の教育ではない。全員が学べる環境を設定して、全員が高みにジャンプできる可能性や希望がある学校が富士見丘だ。

(高2のシンガポールフィールドワークの準備をするサスティナビリティ演習)

もちろん、国際コンクールなどは、競争だが、そのコンクールに参加するメンバーを選抜して立ち臨むのではない。全員が挑戦できる環境を設定したうえで、各種コンクールにチャレンジするのである。だから、習熟度別クラスやコース編成の発想が、同校にはない。

生徒一人ひとりの才能を伸ばす学びの環境がカタチづくられているということなのだ。

(マレーシア・フィールドワークのチームでは「ライフスタイルと環境」というテーマを扱う。実際にマレーシアの環境問題にかかわっている国立環境研究所藤野主任研究員を招いてのコラボ学習)

さて、高3の生徒との話を聞いたうえで、彼女たちが1年前に体験していたサスティナビリティ演習を取材した。そして、合点がいった。こういう丁寧な探究のモチベーションを引き出すところから学びが始まっているから、広い視野と深い考察ができるようになるのだと。

シンガポールチームもマレーシアチームも、この時期は、自分が興味をもったことや探求するテーマについて調べてきてパワーポイントなどにまとめてプレゼンしていくのが基本。マレーシアチームでは、たとえば、なぜイスカンダル計画について調べるのか?イスカンダル計画とは何か?イスカンダル計画を実施する地政学的条件やリスクは何か?日本のどの地域と似ているのか?その地域との二酸化炭素の排出量などの違いはどれくらいか?果たしてこの計画はうまくいくのか?多様な角度から調べていた。

藤野氏は、短期間でここまで調べられたことにエールをおくり、実際にフィールドワークするともっと気づくことがたくさんあるし、計画の是非についても、リアルに実感できる。調べて仮説を立てて、理解を深めておけばおくほど、気づきも多くなると、生徒が作成したパワーポイントを一枚一枚丁寧にめくりながら、アドバイスをしていった。実際にマレーシアの環境問題にかかわっている国立環境研究所藤野主任研究員のアドバイスは説得力の重さが違う。

シンガポールチームでも、一人ひとりがまず調べてきたことを発表。マレーシアチームでも同じことが言えるが、一人ひとりの問題意識に、クラスのメンバー全員が真剣に耳を傾けていた。すでにその問題意識の発表の段階で、魅力的なプレゼンの工夫が凝らされてもいた。

(プレゼンツールは、電子黒板あり、iPadあり。ストーリーテラーという自分自身の身体をプレゼンツールにする生徒もいて多様。)

ある生徒は、インパクトのあるシンガポールのポストモダニズム的な大きな建物をバーンと提示。どこがファサードかわからない。クラスのメンバーが、前のめりになって、いったいなんだろうと引きつけられる。そこから、建築デザイン、都市計画、環境を考慮した政策などに話がスーッと進む。もちろん、建築が観光経済の資源である仮説も立てる。

また、ある生徒は、現代の日本人は宗教を、日常生活であまり意識しないけれど、海外に行くと人々の宗教に対する意識が高いのに驚く。シンガポールは多様性と言われれているが、その一つに様々な宗教を信じている民族が集まっていることが挙げられる。宗教によって経済や政治に対する考え方、文化に対する影響度も違うはず。2020年に向けて、日本がどんどん海外に国を開いていくのなら、宗教について調べることも大事だと思うと。

担当の教務部長の関根先生も、昨年のシンガポールのフィールドワークではなかった問題意識。本質的で重要な問題だと思うとエールをおくった。

SGHにおけるクラスというのは、かくして学習する組織として、互いの探究心へのリスペクトと応援がなされていく。集団のより知的なつながりが濃厚になっていく瞬間を体験していく。この体験こそ、社会にでたときの人間力の基礎となるが、その点につては、今はまだ関根先生は、じっと見守っている。

このような探究活動には、ICTは欠かせないが、富士見丘のICTの環境は実に興味深い。ある意味理想型だ。というのも、他の学校は、タブレットにするか、ラップトップにするか、機種選定がなかなかたいへんだ。しかもプロダクト企業も一社に絞るのが通例だ。

しかし、富士見丘は、生徒自身のラップトップも持ち込み可だし、学校のPCやタブレットを借りて使うのも可。生産企業も一社ではない。でもそのことが逆に非常にシンプルなシステムで柔軟にサイバーとリアルなスペースを行き来できる。もちろん、そのこと自体にコストはかからない。

グーグルドライブを活用し、互いの資料の共有もしてしまう。そこに教師も生徒もアカウントで共有できるから、いろいろなやりとりが、いつでもどこでも行える。インターネットにつなげられれば、どの機種でもどのパソコンでもつながる。

もちろん、セキュリティの問題を回避するために、共有するコンテンツには配慮する。それにしても、このシステムは、生徒が自ら活用してしまうほど。考えてみれば、彼女たちはデジタルネイティブ世代。

このようにICT環境を自由に使えるので、当然海外とのやりとりもサイバー上で、できてしまう。サスティナビリティ演習は、慶応義塾大学SFCとも連携しているが、そのときは、スクリーンの向こうに海外の高校生の存在があり、そのままいっしょに授業は展開していく。

そんなハイテク環境の学びが展開していると思っていると、生徒は書籍の中にも没入している。いったいなぜ?その生徒は、「関根先生がおっしゃるように、インターネットだけでは情報が偏っていたりまだまだ不足していますから。探究していくとどうしても本の重要性に気づかないわけにはいかないのですよ」と。

なるほど、これだ。これが、高3生が「教養」を背景に英語で議論すると言っていたことなのだと、大いに納得できたのだった。

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