Created on March 24, 2014
3月21日、工学院大学新宿キャンパスで、第1回21会思考力セミナーが開催された。新小学6年生の子供たちが対象のセミナーである。その模様を取材した。by 松本実沙音:21会リサーチャー(東大文Ⅱ)×本間勇人:私立学校研究家
パーソナル・リアリティから出発
思考力セミナーでは、子供たちが、思考力の過程として、自分→仲間→一般化という階梯を登っていけるアクティビティになっていて、21会会員校の先生方が、子供たちが一緒に楽しく体験できるように学びの支援をしていた。
1グループ4人になるように机はセットされており、向かい合って座るようになっている机の上には「思考力セミナー」の冊子と計算機・定規が置かれていた。子供たちが着席したら、まずは先生方が自己紹介をした。それにならって子供たちも、自分のグループのメンバーにそれぞれ自己紹介をした。
出会ったばかりの段階では、なかなか打ち解ける雰囲気にならない。学びは、少しの緊張とリラックスした柔らかい感じが大切なのである。
アクティビティを開始する前に先生が子供たちにこう2つのことを語った。まず、「自由に考えて、いろいろなことを“発信して欲しい”という思いから、このイベントが企画されました」という言葉。次に、「誰かが言ったことを否定しないでください」というたった一つのルール。これらの言葉の意味は、イベントを通して段々と気づかされることになる。
最初のアクティビティは、「発見体験」だ。「思考力セミナー」の冊子を開くと、そこには「ふなっしー」「マリオ」「ドラえもん」など、誰もが知っているであろうキャラクターのイラストが描かれていた。課題は、「キャラクターを二つのグループに分けること」。
ただし、「分け方は自由」という不思議な特徴がある。つまり、きちんとした基準をもってしてキャラクターたちを分類するのならば、どんな基準でもその分類方法は正しいということだ。これは、子供たちが「自由」を実感できる楽しい課題であると感じた。
次に、子供たちはグループ内でそれぞれの分類結果をシェアする。これは「シェア体験」だ。先に先生が言った「誰かが言ったことを否定しないこと」という唯一のルールも、ここで活きてくる。誰がどんな基準で分類していようと、それは必ず受け入れられるのだ。
むしろ、最初から肯定的な姿勢で他の子供に耳を傾けることになるのだから、「そういう分け方もあったのか」「おもしろい」と感じやすくなるのだ。実際にあった分け方としては、「ディズニーキャラクターとそれ以外」「頭に何かかぶっているものと、かぶっていないもの」「国内で活躍しているキャラクターと、海外でも活躍しているもの」等があった。
これらは全て明瞭な根拠を持って分類されている。よって、全てが正解なのである。ここではマイルールを明らかにすることが求められていた。
問いの質が思考の過程の足場
次の課題は、「あるグループの分け方:この分け方の理由は何だろう」である。先生が分類した二つのグループ、AグループとBグループがスライドで映し出され、その分け方を子供たちに予想させるというものだ。一見、グループごとの共通点はわからず、子供たちは「ええー?」という風に反応していた。
この頃から、子供たちは、グループの中で意見を言い合えるようになっていった。このコミュニケーションは、最初に先生が言っていた“発信する”ということと結びつく。なぜこのような課題をこなす際に自ら“発信する”ことが重要なのかといえば、それはそうした体験が効率の良さに転移するからだ。しかし、子供たちが実際に“発信しよう”と思うのは、効率性を向上させるためではなく、単純にその方が楽しいからだろう。
この、楽しいと感じられる環境を、最初の「発見体験」がつくってくれたのだ。そしてここではアワルールを明らかにすることが求められていたのだった。
思考のジャンプ
ところが、ここから、視点がガラリと変わる。ヒントがいくつか出された後、キャラクターの縦の長さと横の長さの比がグループごとに大体同じであるということがわかった。Aグループは黄金比、Bグループは白銀比のプロポーションを持つキャラクターだったのだ。黄金比は、パルテノン神殿・ピラミッド・名刺などに使われており、白銀比は、黄金比ほどの認知度はないが、パスポートや法隆寺などに用いられているのだ。
ルールの一般化やポアンカレ予想の発想の種が求められる。もちろん、これは新6年生には隠されたままであるが、生徒たちは「へえ~」「あっ・・・」など感覚的にとらえる。今回はその飛躍の感覚をシェアできればよいということだった。ちなみに、このジャンプのインスピレーションは、先生方が国際バカロレア(IB)のハイレベル数学のワークショップで体得してきたのである。
以上のような流れで、「思考力セミナー」は終了した。子供たちは、楽しかったという表情で、同時開催の保護者対象「時代を読む教育セミナー」が行われている教室へ戻っていった。
教育セミナーの方では、新小学6年生の子供たちが高校を卒業する未来を見据えた、大学入試改革と社会変化に伴うこれからの教育のあり方についての考えを、21会会員校の先生方が語っていた。また、パネルディスカッションの機会も設けられていた。
そして教育セミナーの最後には、思考力セミナーを終えた子供たちが戻って来、行われたばかりの思考力セミナーの内容の振り返りが行われた。教育セミナーで語られた、これからの学びについての方針と、思考力セミナーでのアクティビティがどのような意義を持つのかという問いがここでリンクした瞬間である。
思考力とは、単純に言い換えると「考える力」だ。しかし、今回のセミナーでは、思考力は、「自由であること」「楽しめること」というような特長とセットで定義されていたように思う。考えるという行為が自由であり楽しめることであるのならば、それを身につけた子供たちは、これからの経験を全てそれに結びつけて、自分の糧にしていくことができるだろう。
苦手意識を持ってしまいがちな勉強についても、それを「自由に楽しく考えること」として認識できれば、学校や塾、定期試験などに対する印象も変わってくる。
そして、実はこの「思考の自由」をつくるには、思考のツールによる支援が用意されていたことを見逃してはならない。思考を支援するツール。それは協調できる机の空間配置やチューターの存在が目立つが、最も重要なツールは、思考の過程とアクティビティの過程がシンクロするワークシート。そしてその過程に埋め込まれた思考がジャンプする発火点。
多くの学校や教育産業で気にもとめられないこのワークシート。ここにすべての未来の教育と子どもの成長のエニグマが秘められている。思考とはポアンカレ予想が含まれ、未解決問題をつくることなのだという、クリエイティビティの秘密が。
いよいよ偏差値を乗り越える思考力の小さな渦の運動が始まった。