PBL

第2回 21会カンファレンス 開催 (3)

第1部「情報共有」の締めには、工学院大学附属中学校・高等学校の平方先生、続いて三田国際学園の大橋清貫学園長がプレゼンを行った。平方先生は、これからの社会でなぜ21世紀型教育が必要となるのか、大橋先生は、保護者に選んでもらう学校作りについて、それぞれ語った。

「21会の新しい取り組みの考え方」 平方邦行(工学院大学附属中学校・高等学校校長)

現在、私立学校は厳しい状況下にあり、2020年から2030年までの間に、生徒数及び私立学校数は大幅に減るだろうと予測される。その中で私立学校が生き残っていくためにはどうすればいいのか。そもそも数年前まで、「グローバル教育」という言葉は使われていなかった。2018年から大学入試制度が変わるという点も含めて、今日本の教育は大きく変わろうとしていると言えるだろう。今までの学びの構造は「試験が第一の優先順位」であった。この現状を打破するために必要なのは、「授業を変える」ことである。それが21会がやろうとしていることの一つである。例えば、PBL(Project Based Learning)型の学び。試験ではなくプロジェクトをこなしていくことで、知識を増やすのと同時に思考方法も学ぶというものだ。
 
PBL型学びを促進するような授業を教員方が行えるように重要なのは、教員方が自らPBL型学びを体験することだ。実際に工学院大学附属中高では、PBLワークショップという教員向けのワークショップを試みており、そこでは、教員が生徒として、大学入試問題をプロジェクトと捉え、仲間同士で考え、話し合いながらそれを解いているという。

ゆとり時代からグローバル時代になり、次に来るのはサバイバル時代である。これを生き残るために、ワークショップ等を通じて授業を変革し、それによって人材を育てていかなければならない。平方先生の主張はロジカルで明快だ。

「新しい学校づくり 世界を変える画期的教育」  大橋清貫(三田国際学園 学園長)

今、「英語教育」「グローバル教育」「思考力教育」を謳わない学校はないだろう。では、それぞれの差はどこにでるのか。それは、それぞれの学校の「本気度」「本物度」「結果」である。

では、本気の・本物の・結果が伴うような英語/クローバル/思考力教育を行うためには何か必要なのか。大橋先生はここで自ら実践してきた秘密を開陳した。入学してくるすべての保護者との面談を通して理解したこと。それは保護者こそが21世紀社会の最前線で、社会の変化をひしひしと感じているという事実である。したがって保護者がしてほしいと思っている教育に耳を傾け、それを実践するならばその学校は生まれ変わるのだ。

21世紀型教育の実践のために、大橋先生が着手したことは教員向けの研修である。研修を行うことによって、意欲を持ってもらうことができる。つまり、本気の教育につながる。研修によって教員の授業もより本物に近づいていくだろう。そして、研修において実際に思考力を駆使して課題をこなすようなことが求められるのなら、それは教員の思考力の教育に、そしてひいては生徒たちへの教育にもつながるだろう。

奇しくも、平方先生と大橋先生の話は教職員研修の重要性という点において合致した。21世紀型教育を実践するためのビジョンやスキームが語られたのだ。
 
こうして第1部では、21世紀型教育の理念やミッション、ビジョンやスキーム、そして具体的実践という、それぞれのレイヤーでの情報共有がなされた。
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第2回 21会カンファレンス 開催 (2)

第一部の『情報共有』では、4校がそれぞれの取り組みについてプレゼンテーションを行った。SGHに関するプロジェクトや、21世紀型教育を象徴するような新しいイベントの提案等、これからの学校及び教育の場がどう変化していくのか、希望の膨らむプレゼンテーションが続いた。

「順天のSGHの取り組み」  長塚篤夫 (順天中学校・高等学校校長)

順天中学・高等学校の長塚校長先生は、「順天のSGHの取り組み」について語った。この時に配布した資料には、「SGH」がどのようなものであるか、文部科学省がその目的と事業概要をどのように捉えているか、といったことについて抜粋されており、スーパーグローバルハイスクールが何を目指そうとしているものであるのか、丁寧に分析をしていたことが伺える。

順天では1964年から既に、代表生徒を海外体験へと送り出す「海外派遣制度」を取り入れ、それ以降35年間で計126名を海外へ送り出してきた。また、帰国生の受け入れも積極的に行っており、「STAR(帰国生の会)」という学習サポートの場も設けている。SGHの指定を受ける前から充実したグローバル教育を実践してきたのだ。

今回のSGHの指定を受けるにあたって、これまで積み重ねてきたこととどのような違いを打ち出すべきなのか、そのような思いが先ほど触れた丁寧な分析にも表れているのであろう。

順天では、SGHの指定を受けたからには、これまで以上にグローバルな教育環境を整えて邁進していくという決意が語られた。

「佼成学園女子のSGHの取り組み」 江川昭夫 (佼成学園女子中学高等学校教頭)

江川教頭先生は、佼成学園女子がSGHの指定を受けるまでどのような経緯をたどってきたかを英語教育という側面から語った。

2000年にイマージョン・プログラムを中学校で開始。更に2004年には、高等学校に「特進留学コース」を創設し、全校で「英検まつり」を年に二度開いた。マスコミに「英語の佼成」として何度も登場した。これらの取り組みやSGHの申請内容が認められ、「スーパーグローバルハイスクール」の指定を受けたのだという。

また、今後の方向性については、「英語の佼成」から「グローバルの佼成」へというキャッチフレーズで端的に示した。

もともと佼成学園が持っているリソースを活かすためには全職員が意識を高めていくこと大事である。そして、今回SGHに指定されたことで、どうやら教職員の間にそのような機運が高まってきたという。「異文化を理解する能力」と「異文化とコミュニケーションし、影響力を及ぼす能力」を身に付け、周囲を下支えする自立した女性を育成していくとのことだ。これらの能力は、21会が考える21世紀型の教育の目標でもあるだろう。SGHの指定を受けることで、学校全体の教職員の意識が変わる、更に積極的にこれらの目標へ向かっていけることが可能となったのだ。

「富士見丘の新しい取り組み提案」 大島規男 (富士見丘中学校高等学校教頭)

大島教頭先生は、富士見丘がSGHアソシエイトに選ばれたということから、「連携」というキーワードで今後の取り組みについて語った。

大島教頭先生によると、「連携」とは、“ある者と他の者が一緒に取り組み、お互いがもともと持っていなかったものをつくりだす、気づいていなかったことに気づく”という点に意味があるのだという。そこで、21会でもそのような「連携」を実現しようと、『ワールドカフェ』という企画を提案した。『ワールドカフェ』、あるいは『ロールモデルカフェ』ともいうが、これは、留学経験を持つ社会人を招き、生徒たちを対象に座談会を開こうという企画である。このような企画が実現できれば、生徒たちの視野を広げ、未来に希望を感じさせ、そしてグローバル教育の重要さを体感してもらうことが可能になるだろう。

また、秋田国際教養大学へ2泊の合宿へ行ったときに、生徒たちは「今後30年のライフプランをたてる」という課題を与えられたと言う。この合宿の後、生徒から「ある一つのことを究明したと思うと、新しく疑問がうまれる。そこからまた新しい究明がうまれる」という感想が出たそうだ。これを聞いて、大島教頭先生は、「合宿の効果があった」と実感したらしい。『ワールドカフェ』という新しい取り組みの提案も、このような感想をうんでくれると思うと、実現が大変待ち遠しい。

「文化学園大学杉並の新機軸」  窪田敦 (文化学園大杉並中学・高等学校英語科主任)

文大杉並では、「Double Diploma Course」という新しいコースの準備をしている。「Double Diploma Course」とは、文大杉並のカリキュラムと、海外高校(予定しているのはカナダ)のカリキュラムを融合し、日本とカナダ両国の高校卒業資格が同時に取得可能なプログラムだ。海外カリキュラムの授業はすべて英語で行われるようになる。この際、「Creativity」、「Critical Thinking」、そして「Logical Thinking」等の21世紀型スキルを育てるような授業が展開されることになる。この「Double Diploma Course」を実現するために、文大杉並は現在二つの取り組みを行っている。

一つは、2014年の4月から開始した、中学グローバルコースだ。このコースにおいては、週に4時間ネイティブ教師の英語授業が受けられ、iPadを生徒全員に配布しICTの活用を積極的に行う。もう一つは、2015年4月から高校英語コースをリニューアルさせることだ。電子黒板を用いてインタラクティブな授業に取り組んでいくなかで、一方的な講義スタイルを見直していく予定である。

第2回 21会カンファレンス 開催 (1)

5月30日(金)富士見丘学園に21会メンバー校の先生方が結集した。都心のビル群が一望できるラウンジで、21会会長で富士見丘学園理事長校長の吉田先生が、静かに、しかし力強い決意とともに、21会と私立学校の精神を語った。 by 松本実沙音 :21会リサーチャー(東京大学文科二類) & 鈴木裕之:海外帰国生教育研究家

開会に先立ち、総合司会の菅原先生(八雲学園)と本橋先生(聖学院)は、21会内部の参加者だけでカンファレンスを行うことの意義について、「21会の考え方、目的、これからどういったことをやっていくのかということを会員校の中で共有していく機会」と位置付け、この日のカンファレンスで経験したことを各学校に持ち帰って広げてほしいというメッセージを送った。そして、会場が21世紀型教育に対する期待感に包まれた中、富士見丘学園の吉田理事長校長の開会挨拶が始まった。

「21会の真骨頂」 吉田晋会長(21会会長・富士見丘学園理事長校長)

全体挨拶において吉田先生は、特別な催しを行うときに利用するペントハウスラウンジに21会校のメンバーをお招きすることができて大変嬉しいと率直な気持ちを真っ先に表現した。21会校メンバー校を身内として歓迎したのだ。そして身内だからこそ話せる本音で語ってほしいという思いも同時に表明した。

中教審の委員でもある吉田先生は、これまで公立の学校に様々な提言をしてきた経験から、21世紀型の教育はやはり私立学校でしかなしえないことであると痛感している。どれほど制度改革が行われても、理念や継続性のないものは、結局最後にダメになってしまう。そうした思いから、私立学校、そして21会という有志が強く連帯していくことへの期待を表明したのである。

自分だけ、自校だけという精神は、学校の本来的な姿ではない。21世紀の社会を考えれば、私たち自身が持つべき価値観が教育内容として問われてしまうのだというメッセージである。私立学校が6年一貫教育やグローバル教育などにおいて公立のモデルとなってきたことを誇りとしつつ、これからは私立学校全体がより高め合っていく関係を構築していくことの必要性を訴えた。

21世紀型教育を推進する自分たちがまずは開かれた価値観で連帯していこうとするところは、まさに吉田先生が21世紀私学人たる所以である。

この場に集うメンバー校の想いを確認するところから、第2回21会カンファレンスは開始された。

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工学院 PIL×PBLを全面展開へ(3)

PIL×PBLの授業のプロトタイプづくり始まる

カリキュラムイノベーションチームは、議論をしているだけではない。同時に自らの授業でPILとPBLの授業のモデルやプロトタイプづくりも行っていく。生徒の学力をさらに伸ばすために、当然その結果として、大学進学実績が伸びるようにという信念は当然固い。

国語科主任の斎藤先生は、高2の「古典常識」という授業で、PIL×PBL授業に挑戦した。古典常識の知識を記憶するだけではなく、そこから日本の文化や生活の何が見えるのか、異文化とのつながりがどう見えるのか、生徒の世界を読み解く眼を養う授業となった。本来の古典の勉強と同時に、大学入試における古典の問題で得点も取れるような一挙両得の授業デザインとなった。

プロトタイプづくりには、3時間の授業を活用した。齊藤先生とパートナーが授業に参加し、授業終了後、プロトタイプのデザインついて議論し、改善していくというプロセス。1時間目は、まずはいつもの授業スタイル。そこにPBLにシフトするタイミングがあるかどうか確認するところから始めた。

1時間目は、いつもの授業であったが、すべてIDO/YOUHELP(Iは教師、YOUは生徒)の問答で構成されていた。生徒は資料を調べながら、ワークシートに答えを書き込んでいく。そのとき、齊藤先生は、資料のどこに書いてあるかを問うのではない。午前や正午の中に生き続けている江戸の時間を表示する漢字はあるか、そのことは何を意味するのか問いかけていく。

そして、生徒の側から、文化も生活も違っているのに、なぜ今の文化に昔の暦や行事のなごりがあるのか質問がでる。そのとき、齊藤先生は、その質問については2時間目以降考えていこうと提案して授業を終えた。

授業終了後、齊藤先生も見学していたパートナーも、手ごたえを感じた。今回はYOUが単数だったけれど、あれがYOUたちという複数に問いかけられれば、ピアインストラクションやプロジェクト型の授業(PIL×PBL)に即シフトできる。しかも、生徒自身が問題を発見しているのだから、興味・関心・好奇心がわいているところからスタートできるタイミングであると導かれていった。

2時間目も最初の時間は、生徒が自分で調べてワークシートに書き込んでいく作業を行いながら、ますます今と昔の違いに興味をもち始めたところで、では、使う時期などは違うけれど、暦が存在していることは共通なのだから、まずはその暦の共通点から語り合うことにした。2時間目終了後、齊藤先生は、生徒のワークシートから情報を収集して、テータを整理した。

そして3時間目を迎えた。いよいよ考えを深める問題から出発。ただし、自由に話し合いなさないではなく、理由をまず考え、それからその理由の理由を考えるというように、ハードルを二段階にわけた。また、全員が考える機会を確保するために、まずは各人の考えをポストイットに書き込み、それをシートにはりつけてから、チームの意見をつくるために議論をしていった。

さらに、それらの議論を通して、今後日本とグローバルな社会について考える時に、大切な対概念について議論し、プレゼンすることになった。

授業終了後の齊藤先生とパートナーとの振り返りの対話では、生徒たちが古典常識の言葉の背景を議論していく過程で、根本的にぶつかり合う、「普遍と特殊」「社会と個人」などの人間や社会の本質的な問題に到達したことを確認。そして、ここまできたときに、はじめて教科横断的なカリキュラムが組めるというヒントも得た。

プロトタイプを構成する要素としては、シークエンス、テキストや問いなどのリソース、学びの道具、そしてなんといても、生徒がどんな知識をどこまで掘り下げることができたのか評価できる思考コードをいかに組み合わせるか、1つのモデルを提示できるのではないかというところまで、一気呵成に上昇気流に乗った。

 

工学院 PIL×PBLを全面展開へ(2)

カリキュラムイノベーションチームはPBL型開発

知的なプログラムの開発をするときには、まずはビジョンを共有する。ただし、その段階でのビジョンは、ある程度の共有はするが、未規定性のままの仮説。試行錯誤の開発が進むにつれて細かいところは変わっていける柔軟な「アソビ」は残すということのようである。

工学院が目指す21世紀型教育のビッグピクチャーは絵としては出来上がっている。しかし、≪GIL≫(グローバル、イノベーション、リベラルアーツ)の一般的な意味は、すでに20世紀末にも語られているが、2007年以降、あるいは3・11以降、それらの概念は、再び意味が変わってきていると言われている。まずはその確認からディスカッションは始まった。

メンバー1人ひとりの言葉は、当然違うが、ある程度方向性は共通していた。

自分のローカルな知識も認め、世界の知識もまざりあえるようになる。

well-rounded education

双方向型・共同作業型によって、生徒が自分で課題を見つけ解決していける教育改革

従来の大学入試のみに求められる教科ではなく、教科間の枠組みを超えた学びの提供

などなど活発に議論がなされ、その都度プレゼンしながら、共有の作業が続いた。

同様に、≪GIL≫を実現する21世紀型スキル(問題解決能力、チームワーク力、批判的思考力、コミュニケーション能力、情報リテラシー)についても、ディスカッションそしてプレゼンテーション。

こうして校訓そしてビジョンを共有するディスカッションをしたときに、それがディスカッションとして成立していると評価するのはいかにして可能か?スタイルとしてディスカッションしているだけだったのか、あるゴールに向かってディスカッションはできたのか。コマ目に「振り返り」をいれる「メタディスカッション」も挿入されていた。そんな折、成長や発達のキーワード「アウフヘーベン」という言葉が発せられた。

カリキュラムイノベーションチームの多くは、昨年国際バカロレア(IB)のワークショップ型研修に参加してきている。そこで、教師中心主義でもなく生徒中心主義でもなく「学習者中心主義」であるという理念は工学院の構えに共通していると感じて帰ってきた。

つまり、生徒のみなならず、教師も共に学びながら、互いに成長していく学びの環境こそ21世紀型スキルが実現する学びで、≪GIL≫を形作る大きな構成要素であると。「アウフヘーベン」という用語は、そのような発想のIBの基本的な哲学の根っこにある考え方である。日本の教育では、今ではすっかり使用されなくなった言葉だが、その概念は、発達心理学や認知心理学の中で生きている。そんな話も出た。

そして、結局「アウフヘーベン」の概念にしても、発達心理学や認知心理学における発達の概念にしても、大事なことはどの段階に成長したり発達したりしているのかをとらえる「クライテリア(基準)」が、明快でない限り、どこでどんな質問を投げかけたり、生徒どうし教え合ったり(PIL)、ディスカッション(PBL)したりするチャンスをつくるか判然としないではないかということになった。

一方通行的に知識を教えている講義型授業では、生徒が「知識」をどこまで記憶したのか、それを測っていればよかったのだが、「知識」をどのように組み合わせ/組み替えるのかまで考慮に入れると、その段階を予め想定しながら、教師と生徒がどの段階まで発達したのか拠って立つ指標や基準、つまり評価コードが新たに必要になってくる。

それを「思考コード」(現状では未知のままのX codeである)という名で、工学院独自のそれでいてグローバルスタンダードに通じる、ハイブリッドなグローバル教育を開発するのがカリキュラムイノベーション開発メンバーの使命であるという地平が広がったのである。

 

工学院 PIL×PBLを全面展開へ(2)

カリキュラムイノベーションチームはPBL型開発

知的なプログラムの開発をするときには、まずはビジョンを共有する。ただし、その段階でのビジョンは、ある程度の共有はするが、未規定性のままの仮説。試行錯誤の開発が進むにつれて細かいところは変わっていける柔軟な「アソビ」は残すということのようである。

工学院が目指す21世紀型教育のビッグピクチャーは絵としては出来上がっている。しかし、≪GIL≫(グローバル、イノベーション、リベラルアーツ)の一般的な意味は、すでに20世紀末にも語られているが、2007年以降、あるいは3・11以降、それらの概念は、再び意味が変わってきていると言われている。まずはその確認からディスカッションは始まった。

メンバー1人ひとりの言葉は、当然違うが、ある程度方向性は共通していた。

自分のローカルな知識も認め、世界の知識もまざりあえるようになる。

well-rounded education

双方向型・共同作業型によって、生徒が自分で課題を見つけ解決していける教育改革

従来の大学入試のみに求められる教科ではなく、教科間の枠組みを超えた学びの提供

などなど活発に議論がなされ、その都度プレゼンしながら、共有の作業が続いた。

同様に、≪GIL≫を実現する21世紀型スキル(問題解決能力、チームワーク力、批判的思考力、コミュニケーション能力、情報リテラシー)についても、ディスカッションそしてプレゼンテーション。

こうして校訓そしてビジョンを共有するディスカッションをしたときに、それがディスカッションとして成立していると評価するのはいかにして可能か?スタイルとしてディスカッションしているだけだったのか、あるゴールに向かってディスカッションはできたのか。コマ目に「振り返り」をいれる「メタディスカッション」も挿入されていた。そんな折、成長や発達のキーワード「アウフヘーベン」という言葉が発せられた。

カリキュラムイノベーションチームの多くは、昨年国際バカロレア(IB)のワークショップ型研修に参加してきている。そこで、教師中心主義でもなく生徒中心主義でもなく「学習者中心主義」であるという理念は工学院の構えに共通していると感じて帰ってきた。

つまり、生徒のみなならず、教師も共に学びながら、互いに成長していく学びの環境こそ21世紀型スキルが実現する学びで、≪GIL≫を形作る大きな構成要素であると。「アウフヘーベン」という用語は、そのような発想のIBの基本的な哲学の根っこにある考え方である。日本の教育では、今ではすっかり使用されなくなった言葉だが、その概念は、発達心理学や認知心理学の中で生きている。そんな話も出た。

そして、結局「アウフヘーベン」の概念にしても、発達心理学や認知心理学における発達の概念にしても、大事なことはどの段階に成長したり発達したりしているのかをとらえる「クライテリア(基準)」が、明快でない限り、どこでどんな質問を投げかけたり、生徒どうし教え合ったり(PIL)、ディスカッション(PBL)したりするチャンスをつくるか判然としないではないかということになった。

一方通行的に知識を教えている講義型授業では、生徒が「知識」をどこまで記憶したのか、それを測っていればよかったのだが、「知識」をどのように組み合わせ/組み替えるのかまで考慮に入れると、その段階を予め想定しながら、教師と生徒がどの段階まで発達したのか拠って立つ指標や基準、つまり評価コードが新たに必要になってくる。

それを「思考コード」(現状では未知のままのX codeである)という名で、工学院独自のそれでいてグローバルスタンダードに通じる、ハイブリッドなグローバル教育を開発するのがカリキュラムイノベーション開発メンバーの使命であるという地平が広がったのである。

 

工学院 PIL×PBLを全面展開へ(1)

工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)の校長平方邦行先生は、工学院の目差す21世紀型教育を実行するとは、授業改革をおいて他にないという信念を学内外の先生方、生徒、保護者にことあるごとに語る。

知識を伝え、記憶するだけの20世紀型教育から、知識そのものも吟味しながら、知識と知識を組み合わせたり、組み替えたりしながら、自ら発見した問題を解決していくIB型思考力はいかにして可能か。それは米国ハーバード大学やMITなどが先進的に開発してきたPILやPBLの授業の本質を踏まえた授業改革によって可能になると。

今年一年かけて工学院の先生方が、校長と共に一丸となって研究に取り組む。日本の教育が変わる瞬間をドキュメンタリー風に追跡取材していく。by 本間勇人:私立学校研究家

PIL及びPBLという授業システムを開発する時に、大事なことは何であるか?これを抜きに組み立てていくと、先生方の個性が発揮されないし、自在に授業が回転しない。枠にはめられる感じがするからである。道具やアイテムは、使いこなせなければただの廃棄物に過ぎない。

そこで、先生方は、外にテクニックを求めるのではなく、まずは自らの内を観察することから始めた。

たとえば、4月に新中1が入学してきた時、まずは工学院の理念をロゴス化した3つの校訓「挑戦・創造・貢献」をどのように生徒と共有するのか、してきたのか振り返る。

まずは、学年主任であり、社会科主任であり、今回のPIL×PBL授業の開発のメンバーである松山先生は、「学年だより」で、3つの校訓を中1やその保護者に近づきやすい言葉に「置き換え」て伝えた。この行為は、PIL×PBL授業では、重要な最近接発達領域の共有の営みである。ハードルを低くしながら、生徒が自分なりに考えて乗り越えることができるように問いかけているのである。

松山先生は、オリエンテーションにおいて、まずは≪one for all all for one≫の体験から、前に踏み出すアクションの大切さ、壁をいかにして乗り越えるか考え抜く力の大切さ、仲間を助けることの大切さを実感できるようにプログラムを設計していく。

体験、実感、関心、好奇心・・・から学びが旅立たなければ、モチベーションは内燃しない。

最初の学年のロングホームルームでは、生徒1人ひとりが今年1年の想いを漢字一字にこめてプレゼンするところから始まった。松山先生も2012年の4月に「祈」という漢字から始めたというデモンストレーションを行った。

すると、生徒はそれが東日本大震災を踏まえていることにすぐに気づきグーッとこのイベントに集中していった。興味・関心が、魂に触れたときに湧き上がる。その雰囲気が教室に広がった。

このプログラムは、教科の授業ではないが、ある意味教科横断型の授業だとすれば、PIL×PBL授業の本質を共有している。

しかも、このプログラムは、平方校長が就任する以前から行われていた。ということは、PIL×PBL授業の本質は「暗黙知」として工学院には存在していたことになる。

このように、暗黙知として存在しているPIL×PBL授業の本質と通じるものが、学内でどこまで広がっているか、シェアする研究が始まったのである。

 

工学院 PIL×PBLを全面展開へ(1)

工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)の校長平方邦行先生は、工学院の目差す21世紀型教育を実行するとは、授業改革をおいて他にないという信念を学内外の先生方、生徒、保護者にことあるごとに語る。

知識を伝え、記憶するだけの20世紀型教育から、知識そのものも吟味しながら、知識と知識を組み合わせたり、組み替えたりしながら、自ら発見した問題を解決していくIB型思考力はいかにして可能か。それは米国ハーバード大学やMITなどが先進的に開発してきたPILやPBLの授業の本質を踏まえた授業改革によって可能になると。

今年一年かけて工学院の先生方が、校長と共に一丸となって研究に取り組む。日本の教育が変わる瞬間をドキュメンタリー風に追跡取材していく。by 本間勇人:私立学校研究家

PIL及びPBLという授業システムを開発する時に、大事なことは何であるか?これを抜きに組み立てていくと、先生方の個性が発揮されないし、自在に授業が回転しない。枠にはめられる感じがするからである。道具やアイテムは、使いこなせなければただの廃棄物に過ぎない。

そこで、先生方は、外にテクニックを求めるのではなく、まずは自らの内を観察することから始めた。

たとえば、4月に新中1が入学してきた時、まずは工学院の理念をロゴス化した3つの校訓「挑戦・創造・貢献」をどのように生徒と共有するのか、してきたのか振り返る。

まずは、学年主任であり、社会科主任であり、今回のPIL×PBL授業の開発のメンバーである松山先生は、「学年だより」で、3つの校訓を中1やその保護者に近づきやすい言葉に「置き換え」て伝えた。この行為は、PIL×PBL授業では、重要な最近接発達領域の共有の営みである。ハードルを低くしながら、生徒が自分なりに考えて乗り越えることができるように問いかけているのである。

松山先生は、オリエンテーションにおいて、まずは≪one for all all for one≫の体験から、前に踏み出すアクションの大切さ、壁をいかにして乗り越えるか考え抜く力の大切さ、仲間を助けることの大切さを実感できるようにプログラムを設計していく。

体験、実感、関心、好奇心・・・から学びが旅立たなければ、モチベーションは内燃しない。

最初の学年のロングホームルームでは、生徒1人ひとりが今年1年の想いを漢字一字にこめてプレゼンするところから始まった。松山先生も2012年の4月に「祈」という漢字から始めたというデモンストレーションを行った。

すると、生徒はそれが東日本大震災を踏まえていることにすぐに気づきグーッとこのイベントに集中していった。興味・関心が、魂に触れたときに湧き上がる。その雰囲気が教室に広がった。

このプログラムは、教科の授業ではないが、ある意味教科横断型の授業だとすれば、PIL×PBL授業の本質を共有している。

しかも、このプログラムは、平方校長が就任する以前から行われていた。ということは、PIL×PBL授業の本質は「暗黙知」として工学院には存在していたことになる。

このように、暗黙知として存在しているPIL×PBL授業の本質と通じるものが、学内でどこまで広がっているか、シェアする研究が始まったのである。

 

戸板 もうひとつのPBLに挑戦

戸板の市川先生のピアインストラクションを導入した授業は、すでに紹介したが、今回はPBLを活用して授業を行うと聞き及んだので、再び見学させていただいた。

プロジェクトベース学習を、1時間の授業の中にどのように導入するのかと思っていたところ、今回はもう1つのPBL,つまりプロブレムベース学習だった。知識を講義するときと、知識をリンクするために時代を読む授業をするときと、授業のデザインをPILやPBLに自在に切り替える市川先生。なぜそんな器用なことができるのか、その理由について追求してみた。(by 本間勇人:私立学校研究家)

トリガークエスチョンの二重性

クラスに投げられた問いは「聖徳太子が中央集権国家を目指したのはなぜか?」という歴史の問題。考察するために、まずは4つの国内の時代事象と4つの隣国の時代事象を並べ替えリンクする問題を出した。大きな問題を考える時に、歴史的因果関係を予測するところからはじまったわけである。

今回は、この8つの時代事象については、これから習う内容で、生徒にとっては未知の領域。しかし、すでに古代国家成立の過程は習っているわけだから、時代のダイナミズムのプロトタイプはおぼろげながらできているはずだと市川先生は説明してくれた。

すなわち、今回のトリガークエスチョンは、聖徳太子の時代の知識のつながりを理解する問題であると同時に、歴史のダイナミズムのプロトタイプを考える二重性が仕掛けられていたのである。問題それ自体を解決する思考と他の時代の問題を解くときに応用可能なプロトタイプを見出す二重性。

しかし、この二重性をコンコンと説明するや、どちらも知識になり、結局はほとんどの場合、へえーで終わり、応用がきかない。

ワールドカフェ風に

そこで、市川先生は、ワールドカフェ風にチームで対話しながら考えていくプログラムをデザインした。互いに考えを交換しながら、チームの統一見解をつくる。そこでかなり、歴史のダイナミズムが見えてくるのであるが、議論は多様な方がよい。

だから、次に、各チーム1人ホストを残し、メンバーがそれぞれ違うチームに、情報収集しにいく。自分たちの考え方より説得的な情報を持ち帰るためだ。

このワールドカフェ風の対話の特徴は、誰が正しいのかわからないということだ。ただひたすら議論を続けることで、より説得的な論理ができあがっていくのである。

ボームの対話理論

議論をしていけば、説得的な論理が自然と生まれてくるとは、20世紀型教育では、信じ難いし、無責任な授業のように思えるかもしれない。しかし、ワールドカフェのワークショップの背景理論である量子力学者デヴィッド・ボームの「ダイアローグ」によれば、余計な力が介在しない方がコヒーレント(一貫した)な理論が見えてくるのである。量子力学的な化学反応理論同様の発想である。

また、ワールドカフェの社会学的基礎であるハーバマスのコミュニケーション行為の理論によれば、20世紀型コミュニケーションは戦略的でそれはシチズンシップベースのコミュニケーションにシフトする必要があるのである。

この学問的見識を検証するかのように、市川先生のPBL型授業は、生徒たちを説得力ある歴史のプロトタイプを見出す論理に導いている。

アイデンティティを生成する対話

それにしても、戸板が進化するぞと宣言して3か月も経ていない。それなのに、どうしてこのような授業にチャレンジできるのだろうか。市川先生は、生活指導部長でもある。それで、こう語る。

生活指導の一番の目的は、生徒自身が、自らのアイデンティティに行きつくことです。そのためにワールドカフェ風の対話をすでに取り入れていました。そこですでに手ごたえを感じており、日々の具体的な現象に直面している自分の中に生徒たちがより高次のアイデンティティを見いだしていくことと個々の歴史的事象の背景にある歴史のダイナミズムのプロトタイプを見出す知性は同じだと直感したのです。ですから授業のデザインそのものは今まで実践してきたことなのです。ただ、それを教科に応用してみようとは思ってもみなかったですね。

高次な対話は、横断的な知性を養うのにこれほど有効なのである。市川先生の授業はそれを証明した。そして高次思考は数学にすぐに飛び火した。数学の授業でもPBLを導入し始めたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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文大杉並 「感動」を支える PBL型の学び(3)

英語科の窪田先生からは、英語コースの特色である英語劇(Drama)について話を伺った。Dramaは、ただ英語を暗記すればできるというものではない。台詞がリアリティを持つためには、役作りをする中で、その人物の考え方や、文化・時代背景について、深い理解が必要になるのだという。
 
 
 
 
 Dramaを指導するネイティブの英語教員は、配役についてのイメージを、リハーサルを通して固めていく。生徒はそれが分かっているから、先生に働きかけることもするし、仲間同士で教え合ったり、支え合ったりもする。
 
 当然劇には主役もいれば、端役もある。裏方を担当する者もいるのだが、それぞれの役割を果たしながら全員で一つの劇を作り上げることがポイントだという。時には演出の仕方を巡って先生と生徒が白熱の議論を交わすなど、劇のセリフだけではなく、自然に英語を使う場面が多くなるようである。
 
 ここにはやはり文杉の学びの特長が表れている。すなわち、講義などで知識を得るタイプとは異なる学び、いわゆる参加型の学びが組み込まれているのだ。しかもDramaではテーマが無尽蔵にあるわけだから、究極のPBLと言ってよい。
 

 かつてはディベートを行っていたというが、より感情を込められるということから、ディベートからDramaに変わったという経緯があるらしい。このあたりも文大杉並らしさと言えるであろう。
 
 ディベートもDramaも、古代ギリシアに源流を持ち、相手に何かを伝えるアートという点で共通している。論理に訴えることを重視するディベートよりも、感情に訴えるDramaは確かに文大杉並に相応しい取り組みだったのかもしれない。校長の語った「感動の教育」、教頭が触れていた「感性」、そして窪田先生の「英語劇」が一つの筋として私の中でつながってきた瞬間だった。
 
 文化祭の出し物として有名なファッションショーもまた、同じ文脈で見ることができる。それはイベントがPBLとして機能しているということである。そのPBLが感動を引き出し、文大杉並の教育のエンジンとなっているのである。
 

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